言志四録 / 言志録 第六十八条 礼の妙用
循情而制情。達欲而遏欲。是禮之妙用。
新字:循情而制情。達欲而遏欲。是礼之妙用。
書き下し
情に循ひて情を制し、欲を達して欲を遏む。是れ礼の妙用なり。
現代語訳
人の感情に沿いながら感情に節度を与え、欲望を遂げさせながら欲望を抑える。これが礼の妙なる働きである。
解説
礼とは何かを、短い対句で言い当てた一条です。礼というと、感情や欲望を外から押さえつける決まりごとと考えがちです。しかし一斎は、礼は情に「循ふ」、つまり人の自然な感情に沿いながら、それが度を越さないように形を与えるものだと言います。欲についても、頭ごなしに禁じるのではなく、満たすべきところは満たしながら、行き過ぎを止めるのです。礼記に「礼は人情に因りて之が節文を為す」とあるのと同じ考えです。このあと一斎は礼と楽、祭りや娯楽と政治について何条も論じますが、その土台がこの一条にあります。規則やルールを作る立場の人にとって、人の気持ちを抑え込むのか、気持ちに沿って形を整えるのかという違いを考える手がかりになるでしょう。
この章句が説くこと
礼情欲節度中庸制度設計
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荀子・修身篇扁く善なるの度、以て気を治め生を養なわば、則ち彭祖に後れ、以て身を脩め名を自らにせば、則ち堯・禹に配す。時に宜しくして通じ、利ありて以て窮に処る、礼信是れなり。凡そ血気・志意・知慮を用うるに、礼に由れば則ち治通し、礼に由らざれば則ち勃乱提僈す。食飲・衣服・居処・動静、礼に由れば則ち和節し、礼に由らざれば則ち触陥して疾を生ず。容貌・態度・進退・趨行、礼に由れば則ち雅なり、礼に由らざれば則ち夷固・僻違、庸衆にして野なり。故に人は礼無ければ則ち生きず、事は礼無ければ則ち成らず、国家は礼無ければ則ち寧からず。詩に曰く、「礼儀卒に度あり、笑語卒に獲たり」とは、此れを之れ謂うなり。
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