山鹿語類 / 士道附錄・先生自警
夙興夜寐。事父母。誨子弟。睦親族。養僕從。接賓客。貴志士。矜無能。行有餘力。則學文。各我所志。而其實不厚。只在名聞。故所其爲。不致盡其極。是我尤所可着力自省也。吾事父母。未能嘗竭力。非口唯言之。心不思之。然其實不厚。昏定晨省之勤亦易缺。父母高年。其所事之日短。不自省乎。
新字:夙興夜寐。事父母。誨子弟。睦親族。養僕従。接賓客。貴志士。矜無能。行有余力。則学文。各我所志。而其実不厚。只在名聞。故所其為。不致尽其極。是我尤所可着力自省也。吾事父母。未能嘗竭力。非口唯言之。心不思之。然其実不厚。昏定晨省之勤亦易欠。父母高年。其所事之日短。不自省乎。
書き下し
夙に興き夜に寐ね、父母に事へ、子弟を誨へ、親族に睦み、僕従を養ひ、賓客に接し、志士を貴び、無能を矜れみ、行うて余力有らば、則ち文を学ぶ。各々我が志す所なり。而れども其の実厚からず、只だ名聞に在り。故に其の為す所、其の極を尽くすを致さず。是れ我が尤も力を着けて自ら省みるべき所なり。吾父母に事ふるに、未だ嘗て力を竭くすこと能はず。口に唯だ之を言ひて、心に之を思はざるに非ず。然れども其の実厚からず、昏定晨省の勤めも亦欠け易し。父母高年にして、其の事ふる所の日短し。自ら省みざらんや。
現代語訳
朝早く起き夜遅く寝て、父母に仕え、子弟を教え、親族と仲よくし、召使いを養い、客をもてなし、志ある士を貴び、能力の足りない者をあわれみ、それらを行ってなお余力があれば学問をする。これらはどれも私が志していることである。しかしその実質は厚くなく、ただ評判を求めるところにとどまっている。だから行うことが、その極みまでやり尽くされない。これこそ私がもっとも力を入れて自ら省みるべき点である。私は父母に仕えて、これまで力を尽くしきれたことがない。口でただ言うだけで心では思っていない、というのではない。けれども実質が厚くなく、夕べに寝床を整え朝に安否を問う(昏定晨省)勤めもとかく欠けがちである。父母は高齢で、お仕えできる日は残り少ない。自ら省みずにいられようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
-
『墨子』親士昔者、文公は出で走りて天下を正し、桓公は國を去りて諸侯に霸たり、越王句踐は吳王の仇に遜りて、尚お中國の賢君を攝す。三子の能く名を達し功を天下に成せるや、皆な其の國に於て抑えられ、而して大いに醜ずかしめられたればなり。太上は敗るること無く、其の次は敗れて以て成すこと有り、此れを之れ民を用うと謂う。吾れ之を聞けらく、「安居無きに非ざるなり、我に安心無きなり。足財無きに非ざるなり、我に足心無きなり」と。是の故に君子は自らを難んじて彼を易んじ、衆人は自らを易んじて彼を難んず。君子は進んで其の志を敗らず、内に其の情を究め、庸民に雜わると雖も、終に怨心無し。彼れ自ら信ずる者有ればなり。
-
『山鹿語類』士道・志於道如此外を尋ね学ぶといへども、外に聖人の師なくんば、自ら立返て内に省るべし。内に省ると云は、聖人の道聊しいて致す処なく、唯天徳の自然にまかせて至る教のみなれば、我に志を立処あらんには、事は習知て至るべく、其本意は推して自得するに在るべき也。況や古の聖人々を道びくのために格言を垂れ玉へり。我是を以てつゝしみ勤めんには、聖人の大道こゝにをいて可得也。人々各五倫のついであることを知り、士の道のあらんずる事を知といへども、或自ら是としてたれりとし、或は邪師を信じて労して無功が如し。是併道に志す所の軽薄なるより事おこたりぬべし。孔子曰、志於道、とは此心にや。道と云ふものゝ可有、私を以ては論ぜられざる事也と、其の志の立ことあらざれば、道に可至様なし。故に道に志と云へる也。世に少しなれて賢がほなる輩は、推して道を定め、この外に別に相ことなることは非ずと、私の意見を立るを以て、道こゝに遠ざかりて、遂に大道に不得入也。されば士の職分を知ると云とも、道に志す処あらざれば、知あつて行なければ不全也。尤詳に可究理也。
-
『山鹿語類』士道・正一日之用ここに一日の用を案ずるに、先づ夙に起きて盥漱し櫛り、衣服を正し、用具を佩び、其の容貌威儀を正して、静坐拱手し、能く平旦の気を養ひ、天地生々して已むこと無きの理を看るべし。而して君父の恩義を体認し、今日の家業を思量す。謹んで観に在り。身体髪膚、之を父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始なり。身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終なり。君に事へては其の身を委ね、人の為に謀りては忠なり。此の間意味深長にして、尤も幾微の動きを察すべし。既に明に向かへば則ち門戸を開き、道を清め洒掃して、天気于に入り、地脈于に長ず。家事有れば則ち示諭して其の教を詳にす。其の間賓客の来る、使价の待つ、速やかに謁し速やかに答へて、之をして遅滞せしむること無し。君に事ふれば則ち夙に出でて之に仕へ、父母に事ふれば則ち其の安否を察す。出でて事ふれば則ち其の居る所其の言ふ所全く慎みて、謀其の位を出でず。長者に侍れば則ち礼敬を正し、奉ずること父兄の如くし、能く謙退して争はず。凡そ仕官の途、朝に出づれば則ち人に先んじ、夕に退けば則ち人に後る。宅に帰れば則ち父母に謁し、気を下し声を怡ばしめ席を安んじて、留守の事を問ひ、其の急緩を計りて其の事を為す。閑なれば則ち朝服を改め、静坐審思して今日の行跡を省み、暇あれば則ち書伝を披きて古人の言行を考へ、聖賢の趣向を知る。日既に没すれば則ち夜の戒を示し約束を堅くして寝所に入り、体を寛くし気を休め、侍者の労佚を時にす。是れ夙に興き夜に寐ねて、仕官省晨の用なり。
-
『山鹿語類』士道・知己職分されば天下の間人間は云に不及、鳥獣のたぐひ、魚虫のいやしき、草木非情なる、何れかいたづらにして天性を全くするや。鳥獣は自飛走して食を求、魚虫は游昆して其食を尋、草木は土に根ざして深からんことをなせり。各唯食を求むる事不暇。一年の間一日一時も飛走游昆を忘るゝ事なし。物皆然り。而して人の上に農工商又如此。若しつとめずして一生を全く可終は、大の賊民といふべし。しかれば何ぞ職業なからんと自省みて、士の職分を究明いたさんには、士の職業初めてあらはるべき也。此思入の立ざる内は、或は人の云にまかせ、或は書册にしるせるまでを以てして、実に腹心に体認せざるを以て、志の立処甚薄し。思の立処甚薄きときは、以前より因循して所久染の悪習内にかくるゝを以て、軽薄にして道志何を以てか長ぜんや。是士の立本第一とすべし。
-
『家道訓』巻之三・総論下一凡家の主は、四民ともに其身ををさめて、家をおこさんことを志すべし。まづ親先祖より伝はれる禄と財とを失はずして、よくたもつを孝とすべし。つみなけれど、災ありて失ふはちからに及ばず。不徳にしてみづから財禄を失ひ、或は財禄をへらすは、大なる不孝なり。家業をよくつとめておこたらず、倹約にしておごらず、万の事つつしみてあやまりすくなくし、家を能く治めておこたらざるは善士なり。其志ある者は、其事遂に成るといへり。其志かくの如くなる善士は、必ず家をおこす。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る