呻吟語 / 内篇・談道・人を望むこと厚く自ら治むること疏なり
吾黨望人甚厚,自治甚疏,只在口脗上做工夫,如何要得長進?
新字:吾党望人甚厚,自治甚疏,只在口脗上做工夫,如何要得長進?
書き下し
吾が黨の人を望むこと甚だ厚く、自ら治むること甚だ疏なり。只だ口脗上に在りて工夫を做さば、如何ぞ長進を要め得ん。
現代語訳
我々の仲間は、人に期待することは実に厚いのに、自分を治めることは実に粗い。ただ口先だけで工夫をしていて、どうして進歩を求められるでしょうか。
解説
呂坤が自分たちの側を名指しで叱る段です。他人への要求水準は高いのに、自分の管理はざるである。しかも工夫しているつもりの場所が口の周りだけだ、という指摘が痛烈です。学問をする集団ほど、議論の巧みさを修養と取り違えます。吾が党という言い方に、外からの批判ではなく内側からの自省であることが表れており、批判の刃が自分にも向いている一段です。
この章句が説くこと
自省要求口先修養甘さ
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