山鹿語類 / 士道・惣論日用之事
されば身を顧るに、形に耳目鼻口四支百躰あり。其內に性心情意血氣の差別あり。此一身を用に、行住座臥視聽言動の用あり。此身を奉ずるに、衣服居宅用器用物あり。飮食情欲のわかちあり。此身の相接る處に、君臣父子夫婦長幼朋友の交際あり。其間に吉凶軍賓嘉の禮出來る。是我一身を顧りみるに、悉く此事物はなるべからず。身に貴賤貧福の差別ありといへども、右の品々は一つとして缺ること不可有也。此身を持ち此心を得て、此事を去りなんと云は、死して而して後に止みぬべし。此間其理を詳に究めて、一事をなし一物を制し一人と交接し、獨坐すと云へども、皆天地の準則を守て不可離の道に相叶ひ、天地を仁の躰として万物を制せんこと、是君子日用の工夫と云べし。我所說の理更に不遠不可離。因人々皆日用之間、而其心に快きを號して道と云、其內にやましきを人欲と云。唯此兩般のみ也。日用の事豈に可忽乎。
新字:されば身を顧るに、形に耳目鼻口四支百体あり。其内に性心情意血気の差別あり。此一身を用に、行住座臥視聴言動の用あり。此身を奉ずるに、衣服居宅用器用物あり。飲食情欲のわかちあり。此身の相接る処に、君臣父子夫婦長幼朋友の交際あり。其間に吉凶軍賓嘉の礼出来る。是我一身を顧りみるに、悉く此事物はなるべからず。身に貴賤貧福の差別ありといへども、右の品々は一つとして欠ること不可有也。此身を持ち此心を得て、此事を去りなんと云は、死して而して後に止みぬべし。此間其理を詳に究めて、一事をなし一物を制し一人と交接し、独坐すと云へども、皆天地の準則を守て不可離の道に相叶ひ、天地を仁の体として万物を制せんこと、是君子日用の工夫と云べし。我所説の理更に不遠不可離。因人々皆日用之間、而其心に快きを号して道と云、其内にやましきを人欲と云。唯此両般のみ也。日用の事豈に可忽乎。
書き下し
されば身を顧るに、形に耳目鼻口四支百体あり。其内に性心情意血気の差別あり。此一身を用に、行住座臥視聴言動の用あり。此身を奉ずるに、衣服居宅用器用物あり。飲食情欲のわかちあり。此身の相接る処に、君臣父子夫婦長幼朋友の交際あり。其間に吉凶軍賓嘉の礼出来る。是我一身を顧りみるに、悉く此事物はなるべからず。身に貴賤貧福の差別ありといへども、右の品々は一つとして欠ること不可有也。此身を持ち此心を得て、此事を去りなんと云は、死して而して後に止みぬべし。此間其理を詳に究めて、一事をなし一物を制し一人と交接し、独坐すと云へども、皆天地の準則を守て不可離の道に相叶ひ、天地を仁の体として万物を制せんこと、是君子日用の工夫と云べし。我所説の理更に不遠不可離。因人々皆日用之間、而其心に快きを号して道と云、其内にやましきを人欲と云。唯此両般のみ也。日用の事豈に可忽乎。
現代語訳
そこで我が身を顧みると、形には耳・目・鼻・口、四肢、百体がある。その内には性・心・情・意・血気の区別がある。この一身を用いるには、行・住・坐・臥、視・聴・言・動の働きがある。この身を養うには、衣服・住まい・用器・用物がある。飲食と情欲の区別がある。この身が接するところには、君臣・父子・夫婦・長幼・朋友の交わりがある。その間に吉・凶・軍・賓・嘉の礼ができる。これが私の一身を顧みたところで、ことごとくこれらの事物を離れることはできない。身に貴賤貧富の違いがあっても、右の品々は一つとして欠けることはない。この身を持ちこの心を得ていながら、これらの事を去ろうというのは、死んでから後にようやくやめられるだけである。その間、その理を詳しく究めて、一つの事をなし、一つの物を定め、一人と交わり、独り座っていても、みな天地の準則を守って離れられない道にかない、天地を仁の本体として万物を処すること、これが君子の日用の工夫というべきである。私の説く理は少しも遠くなく、離れられないものである。人々がみな日用の間で、心に快いことを名づけて道といい、内にやましいことを人欲という。ただこの二つだけである。日用の事をどうしておろそかにできようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
老子 第1章道たる可く道も、常の道に非ず。名たる可く名づくるも、常の名に非ず。名無くして天地の始まり、名有りて萬物の母。故に常に欲無くして以てその妙を観、常に欲有りて以てその窮を観。此二つは、同じく出でて異なる名、同じく之を玄と謂う。玄の又玄、衆妙の門なり。
-
孫子・始計篇道とは、民をして上と意を同じくし、之と死す可く、之と生く可くして、危きを畏れざらしむるなり。
-
論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
-
孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
-
論語・微子篇柳下恵、士師と為り、三たび黜けらる。人曰く、「子未だ以て去る可からざるか。」曰く、「道を直くして人に事うれば、焉くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉げて人に事うれば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らん。」
-
うひ山ぶみ・第二十一段そもそも此道は、天照大御神の道にして、天皇の天下をしろしめす道、四海万国にゆきわたりたる、まことの道なるが、ひとり皇国に伝はれるを、其道は、いかなるさまの道ぞといふに、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る