山鹿語類 / 士道・詳器物之用
次に寳器之用あり。凡そ世に寳と號する器は、德を天地に比して、氣節度量温潤風流ともにそなはり、人々是を以て自省み自たゞしつべきの器あるときは、初めて寳器と可號也。人是を全くする時は聖人と號し、鳥獸に此粧あれば鳳凰麒麟と號す。器にこれある時は瑞玉寳器と號す。上古より萬世まで、ともに是を崇敬す。人々是を以て準則としつべければ也。然れども寳器幷に麟鳳の類は世の名物也と云へるも、唯其德の温潤風度を云ふ也。聖人に於ては天地の德にかくる所なく、德こゝに正しく、知こゝにあまねく、勇こゝに卓爾たり。故に數千歳の間世に出ること希有にして、寳玉は世々に乏しからざるゆゑん也。而して是に次では世をあまねく利して、人の用をたらしむるものを以て寶とすなれば、木火土金水の生々して米穀衣服草木魚鳥鹽菜を生じ、器物名劒を出さしむ。皆是天下の寳にして、一日もなくんばあるべからず。而して是を交易せしむるに金銀銅錢の利あつて、有無互にかへて是を利す。こゝにおいて初めて財を以て寳とするの說あり。
新字:次に宝器之用あり。凡そ世に宝と号する器は、徳を天地に比して、気節度量温潤風流ともにそなはり、人々是を以て自省み自たゞしつべきの器あるときは、初めて宝器と可号也。人是を全くする時は聖人と号し、鳥獣に此粧あれば鳳凰麒麟と号す。器にこれある時は瑞玉宝器と号す。上古より万世まで、ともに是を崇敬す。人々是を以て準則としつべければ也。然れども宝器幷に麟鳳の類は世の名物也と云へるも、唯其徳の温潤風度を云ふ也。聖人に於ては天地の徳にかくる所なく、徳こゝに正しく、知こゝにあまねく、勇こゝに卓爾たり。故に数千歳の間世に出ること希有にして、宝玉は世々に乏しからざるゆゑん也。而して是に次では世をあまねく利して、人の用をたらしむるものを以て宝とすなれば、木火土金水の生々して米穀衣服草木魚鳥塩菜を生じ、器物名劒を出さしむ。皆是天下の宝にして、一日もなくんばあるべからず。而して是を交易せしむるに金銀銅銭の利あつて、有無互にかへて是を利す。こゝにおいて初めて財を以て宝とするの説あり。
書き下し
次に宝器之用あり。凡そ世に宝と号する器は、徳を天地に比して、気節度量温潤風流ともにそなはり、人々是を以て自省み自たゞしつべきの器あるときは、初めて宝器と可号也。人是を全くする時は聖人と号し、鳥獣に此粧あれば鳳凰麒麟と号す。器にこれある時は瑞玉宝器と号す。上古より万世まで、ともに是を崇敬す。人々是を以て準則としつべければ也。然れども宝器幷に麟鳳の類は世の名物也と云へるも、唯其徳の温潤風度を云ふ也。聖人に於ては天地の徳にかくる所なく、徳こゝに正しく、知こゝにあまねく、勇こゝに卓爾たり。故に数千歳の間世に出ること希有にして、宝玉は世々に乏しからざるゆゑん也。而して是に次では世をあまねく利して、人の用をたらしむるものを以て宝とすなれば、木火土金水の生々して米穀衣服草木魚鳥塩菜を生じ、器物名劒を出さしむ。皆是天下の宝にして、一日もなくんばあるべからず。而して是を交易せしむるに金銀銅銭の利あつて、有無互にかへて是を利す。こゝにおいて初めて財を以て宝とするの説あり。
現代語訳
次に宝器の用がある。およそ世に宝と呼ぶ器は、徳を天地になぞらえ、気節・度量・温潤(穏やかな潤い)・風流がともに備わり、人々がこれによって自らを省み正すことのできる器であってこそ、初めて宝器と呼ぶべきである。人がこれを全く備えれば聖人と呼び、鳥獣にこの姿があれば鳳凰・麒麟と呼ぶ。器にこれがあれば瑞玉・宝器と呼ぶ。上古から万世まで、みなこれを崇め敬う。人々がこれを手本とすることができるからである。しかし宝器や麟鳳の類が世の名物だといわれるのも、ただその徳の温潤と風格をいうのである。聖人は天地の徳に欠ける所がなく、徳はここに正しく、知はここに行き渡り、勇はここに抜きん出ている。だから数千年の間に世に出ることはまれで、宝玉は代々乏しくないわけである。そしてこれに次いでは、世をあまねく利して人の用を満たすものを宝とするので、木・火・土・金・水が生々して、米穀・衣服・草木・魚鳥・塩・野菜を生じ、器物や名剣を出させる。これらはみな天下の宝であって、一日もなくてはならない。そしてこれを交換させるのに金・銀・銅銭の便があって、互いに有るものと無いものを替えて利とする。ここにおいて初めて財を宝とする説が生まれた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 夏本紀湯徳を修め、諸侯皆湯に帰す。湯遂に兵を率ゐて以て夏桀を伐つ。桀鳴条に走り、遂に放たれて死す。桀人に謂ひて曰く、「吾湯を夏台に遂に殺さずして、此に至らしめしを悔ゆ」と。湯乃ち天子の位を践み、夏に代はりて天下を朝せしむ。湯夏の後を封じ、周に至りて杞に封ずるなり。太史公曰く、禹は姒姓為り。其の後分封せられ、国を用て姓と為す。故に夏后氏・有扈氏・有男氏・斟尋氏・彤城氏・襃氏・費氏・杞氏・繒氏・辛氏・冥氏有り。孔子夏の時を正し、学者多く伝ふと云ふ。虞・夏の時より、貢賦備はれり。或いは言ふ、禹諸侯を江南に会し、功を計りて崩じ、因りて焉に葬る、命じて会稽と曰ふ。会稽とは、会計なり。
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『春秋左氏伝』襄公九年 穆姜、四徳を説く夏、季武子晉に如く。宣子の聘に報ゆるなり。穆姜、東宮に薨ず。始め往きて之を筮し、艮の八に遇ふ。史曰く、「是れ艮の隨に之くと謂ふ。隨は其れ出づるなり。君必ず速やかに出でん」と。姜曰く、「亡(な)し。是れ周易に於て、曰く、『隨は元亨利貞、咎無し』と。元は體の長なり。亨は嘉の會なり。利は義の和なり。貞は事の幹なり。仁を體すれば以て人に長たるに足り、德を嘉すれば以て禮に合するに足り、物を利すれば以て義を和するに足り、貞固なれば以て事を幹するに足る。然り、故に誣ふべからざるなり。是を以て隨と雖も咎無し。今、我は婦人にして亂に與る。固より下位に在りて、不仁有り。元と謂ふべからず。國家を靖んぜず、亨と謂ふべからず。作して身を害す、利と謂ふべからず。位を棄てて姣(みだ)る、貞と謂ふべからず。四德有る者は、隨にして咎無し。我は皆之無し、豈に隨ならんや。我は則ち惡を取る、能く咎無からんや。必ず此に死せん、出づるを得ざらん」と。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制次に佩のこと、古之君子必佩玉と云へり。陳氏礼書曰、古之君子必佩玉、其制上有折衡、上横曰衡下有双璜、中有琚瑀、下有衝牙、貫之以組綬、納之以蠙珠、而其色有白蒼赤之弁、其声有角徴宮羽之応、其象有仁智礼楽忠信道徳之備、此所以非僻之心無自入也といへり。君子佩玉は、其佩玉を見て己れが徳を致し、温潤を玉に可比と云へるの心なるべし。ことに往来ともに佩玉の声合ときは其威儀あたり、玉たがふときは威儀こゝにそむくを考へて、身体の威儀不得已して正しからんことを欲するが故に、必佩玉也。
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『太上感応篇』善行・是れ道なれば則ち進み、非道なれば則ち退く是れ道なれば則ち進み、道に非ざれば則ち退く。邪径を履まず、暗室を欺かず。徳を積み功を累ね、物に慈心あり。忠孝友悌、己を正して人を化す。
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『長短経』運命今、晋の興るや、宗子に維城の助け無く、而して閼伯・実沈の隙日に搆う。師尹に具瞻の貴無く、而して顛墜戮辱の禍日に有り。宣・景は多難の時に遭い、英雄を伐ち、庶桀を誅するに務めて以て事を便にす。其の傾覆屠膾は、誅殺を主とするに非ざるなり。風俗淫僻にして、廉恥並びに失う。時に先んじて昏し、情に任せて動く。皆淫逸の過ちを恥じず、妬忌の悪に拘わらず。舅姑に逆らう有り、剛柔を反易する有り、妾媵を殺戮する有り、上下を黷乱する有り。其の淫乱凶逆は、烝報に止まらざるなり。是に由りて之を観れば、晋家の徳、安んぞ匈奴に勝らんや。今、戎狄の華を乱すを見て、便ち以て命に在りて徳に在らずと為すは、是れ何ぞ言の過てるや。〕
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論語・為政篇子曰く、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居て衆星之に共(むか)うが如し。
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