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山鹿語類 / 士道・詳器物之用

爰に案ずるに便用の利を本として云時は、一器一物の微も、時に至て寳たらずと云ことなし。殺罰の利劍、ころすものゝためには寶にして、被殺ものゝ爲には甚凶器なるが如し。然れども一用一事に足つて萬端に不及ものをば寶と不號。此財能交易利潤す。故に是を以て財寳と號す。世をわたり便用をなすに、是に過たる財あらず。是世々相貴ぶのゆゑ也。玉は君子の寳とする處にして、便用の利更にたらず。交易利潤の福なし。故に小人は是を寳とせず。世以て玉を重寳することあらざるは、人皆利を貴んで德を不貴がゆゑなるべし。たま〳〵玉を貴ぶの輩は、是を以て金銀にかへんことを思へば也。

新字:爰に案ずるに便用の利を本として云時は、一器一物の微も、時に至て宝たらずと云ことなし。殺罰の利剣、ころすものゝためには宝にして、被殺ものゝ為には甚凶器なるが如し。然れども一用一事に足つて万端に不及ものをば宝と不号。此財能交易利潤す。故に是を以て財宝と号す。世をわたり便用をなすに、是に過たる財あらず。是世々相貴ぶのゆゑ也。玉は君子の宝とする処にして、便用の利更にたらず。交易利潤の福なし。故に小人は是を宝とせず。世以て玉を重宝することあらざるは、人皆利を貴んで徳を不貴がゆゑなるべし。たま〳〵玉を貴ぶの輩は、是を以て金銀にかへんことを思へば也。

書き下し

爰に案ずるに便用の利を本として云時は、一器一物の微も、時に至て宝たらずと云ことなし。殺罰の利剣、ころすものゝためには宝にして、被殺ものゝ為には甚凶器なるが如し。然れども一用一事に足つて万端に不及ものをば宝と不号。此財能交易利潤す。故に是を以て財宝と号す。世をわたり便用をなすに、是に過たる財あらず。是世々相貴ぶのゆゑ也。玉は君子の宝とする処にして、便用の利更にたらず。交易利潤の福なし。故に小人は是を宝とせず。世以て玉を重宝することあらざるは、人皆利を貴んで徳を不貴がゆゑなるべし。たま〳〵玉を貴ぶの輩は、是を以て金銀にかへんことを思へば也。

現代語訳

ここで考えると、便利を基準にしていえば、一つの器、一つの物のような小さなものでも、時によって宝とならないことはない。人を殺し罰する鋭い剣は、殺す者にとっては宝であるが、殺される者にとってはひどい凶器であるようなものである。しかし一つの用、一つの事に足りても万事に及ばないものは宝とは呼ばない。この財はよく交易して利を潤す。だからこれを財宝と呼ぶ。世を渡り用を足すのに、これに過ぎる財はない。これが代々財が尊ばれるわけである。玉は君子の宝とするものであって、便利の利はまったく足りず、交易して利を潤す福もない。だから小人はこれを宝としない。世に玉を重んじて宝とすることがないのは、人がみな利を貴んで徳を貴ばないからであろう。たまに玉を貴ぶ者がいても、それはこれを金銀に替えようと思うからである。

解説

本章は、財が宝とされる理由と玉が宝とされない理由を対比する。剣は殺す側には宝、殺される側には凶器であるように、一つの用にしか役立たない物は宝と呼べない。財は交易によって万事に通じるから財宝と呼ばれる。一方、玉は便利の役に立たないが、古来君子が徳の象徴として身に帯びたものである。世が玉を顧みないのは利を貴び徳を貴ばないからだという指摘は、貨幣経済が広がる江戸前期の世相への批判として読める。現代でも、換金できるかどうかだけで価値を測れば、人の徳は見えなくなる。

この章句が説くこと

財玉徳義利宝交易

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