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山鹿語類 / 士道・嚴居宅之制

今天下既に泰山の安にあり。百工不及處なく、國に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を學ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて辯をなさんことは、腐儒末學のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可愼也。本朝營繕令を選んで唐の例に准し、天下の營作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自氣をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悅ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。

新字:今天下既に泰山の安にあり。百工不及処なく、国に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を学ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて弁をなさんことは、腐儒末学のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可慎也。本朝営繕令を選んで唐の例に准し、天下の営作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自気をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悦ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。

書き下し

今天下既に泰山の安にあり。百工不及処なく、国に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を学ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて弁をなさんことは、腐儒末学のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可慎也。本朝営繕令を選んで唐の例に准し、天下の営作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自気をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悦ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。

現代語訳

今、天下はすでに泰山のような安定にある。あらゆる職人の手の及ばない所はなく、国に溝の工事に力を尽くさねばならぬこともないのに、天子や諸侯がみな堯の行いを学ぼうとするなら、時代が違っている。どうして用いるに足りようか。堯や禹を今の世に出させたなら、それぞれ宮室の制をいよいよ整えて、天子・諸侯の威儀を明らかにするだろう。そうかといって、住まいの分を過ぎて財を費やし民を苦しめることは、かの秦の阿房宮、隋の離宮のようなもので、滅びないことはない。だから聖人はその奢りを戒めたのである。その言葉の意味を心得ずに、口任せに議論することは、腐儒や末学のすることで、君子の尊ぶところではない。住まいの制は最も慎むべきである。我が国では営繕令を選定して唐の例に準じ、天下の造作を正した。そして後の世々にも制法を立ててその式を定めたが、ややもすれば奢りに過ぎ、物惜しみに過ぎて、その制が道にかなわない。君子・大丈夫はただ聖人の定めた根本を心とし、時の制に準じて、住まいによって自らの気を移し、そのよこしまな心を去るべきである。すべて家屋に伴って用いる諸々の器も、その制が違ってくるものである。少しもおろそかにしてはならない。あるいは人の目を喜ばせ、あるいは遊宴を事とすることは、みな聖人の心ではない。

解説

本章は住まいの論の結びで、泰平の世に堯の質素をそのまま真似るのは時代錯誤であり、堯や禹が今にいれば宮室を整えて威儀を明らかにしたはずだと説く。一方で秦の阿房宮や隋の離宮のような奢りは亡国を招くとして、両極を退ける。営繕令は唐令にならった律令の篇目で、我が国にも古くから住まいの制があったことを示す。古典は時代に応じて活かすべきもので、倹約も奢侈も分を基準に判断せよという結論は、現代の設備投資や経費の判断にも通じる。

この章句が説くこと

時奢侈倹約分限居宅聖人

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