山鹿語類 / 士道・嚴居宅之制
學者此わきまへを不知して、古の聖世皆儉約を用ゆ。史記曰。堯之有天下也。堂高三尺。釆椽不劉。茅茨不剪。論語曰。子曰。禹吾無間然矣。卑宮室而盡力乎溝洫と出たり。是居宅を不用、唯德をつとむるにあり。居宅はあるにまかすべしと云へり。甚不究其理して文に泥むゆゑ也。身いかんしてか修まり、德いかんしてか發すべきとならば、衣食居の用において其効し明白也。居宅に心を入て身ををさめ德をすつべきと云にあらず。德行は五倫に交はり、身の動靜にあり。五倫に交るに衣食居かくる處なし。身の動靜又これを不離。故によく分をはかりて其制を聖人の心にまかせ、過不及の失なからしめて、爰に威儀立ぬべし。堯の時に中て、世の草昧未遠。其制作未及家宅。家宅をすつるにあらず。未だ其重き方に制作すべきこと多ければ也。禹又しかり。水ををさめ民にいとまなきを以て、宮室の美に不及也。
新字:学者此わきまへを不知して、古の聖世皆倹約を用ゆ。史記曰。堯之有天下也。堂高三尺。釆椽不劉。茅茨不剪。論語曰。子曰。禹吾無間然矣。卑宮室而尽力乎溝洫と出たり。是居宅を不用、唯徳をつとむるにあり。居宅はあるにまかすべしと云へり。甚不究其理して文に泥むゆゑ也。身いかんしてか修まり、徳いかんしてか発すべきとならば、衣食居の用において其効し明白也。居宅に心を入て身ををさめ徳をすつべきと云にあらず。徳行は五倫に交はり、身の動静にあり。五倫に交るに衣食居かくる処なし。身の動静又これを不離。故によく分をはかりて其制を聖人の心にまかせ、過不及の失なからしめて、爰に威儀立ぬべし。堯の時に中て、世の草昧未遠。其制作未及家宅。家宅をすつるにあらず。未だ其重き方に制作すべきこと多ければ也。禹又しかり。水ををさめ民にいとまなきを以て、宮室の美に不及也。
書き下し
学者此わきまへを不知して、古の聖世皆倹約を用ゆ。史記曰。堯之有天下也。堂高三尺。釆椽不劉。茅茨不剪。論語曰。子曰。禹吾無間然矣。卑宮室而尽力乎溝洫と出たり。是居宅を不用、唯徳をつとむるにあり。居宅はあるにまかすべしと云へり。甚不究其理して文に泥むゆゑ也。身いかんしてか修まり、徳いかんしてか発すべきとならば、衣食居の用において其効し明白也。居宅に心を入て身ををさめ徳をすつべきと云にあらず。徳行は五倫に交はり、身の動静にあり。五倫に交るに衣食居かくる処なし。身の動静又これを不離。故によく分をはかりて其制を聖人の心にまかせ、過不及の失なからしめて、爰に威儀立ぬべし。堯の時に中て、世の草昧未遠。其制作未及家宅。家宅をすつるにあらず。未だ其重き方に制作すべきこと多ければ也。禹又しかり。水ををさめ民にいとまなきを以て、宮室の美に不及也。
現代語訳
学者はこの区別を知らずに、「古の聖人の世はみな倹約を用いた。『史記』に『堯が天下を治めたとき、堂の高さは三尺、櫟の垂木は削らず、茅葺きの屋根は切りそろえなかった』とあり、『論語』に『孔子は言われた、禹には私は非の打ちどころがない。宮室を粗末にして、田の溝に力を尽くした』とある。これは住まいを重んじず、ただ徳に努めることにある。住まいはあるに任せればよい」と言う。これはまったくその道理を究めずに文字にこだわるからである。身はどうして修まり、徳はどうして発するのかといえば、衣・食・住の用においてこそその効き目が明白なのである。住まいに心を入れよといっても、身を修めることや徳を捨ててよいと言うのではない。徳行は五倫の交わりと身の動静にある。五倫の交わりに衣食住が欠ける所はない。身の動静もまたこれを離れない。だからよく分を計り、その制を聖人の心に任せて、過不及の失がないようにして、ここに威儀が立つのである。堯の時代は世がまだ草創の暗い時代から遠くなく、その制作がまだ家屋にまで及ばなかった。家屋を捨てたのではない。まだ重要な方面で作るべきことが多かったからである。禹もまたそうである。洪水を治めて民に暇がなかったので、宮室の美にまで手が及ばなかったのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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易経・節卦戸庭を出でずとは、通塞を知ればなり。門庭を出でず、凶とは、時を失ふこと極まるなり。節せざるの嗟は、又誰をか咎めん。節に安んずるの亨は、上の道を承くればなり。節を甘んずるの吉は、位に居りて中なればなり。苦節は貞なれども凶とは、其の道窮まるなり。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制次に宮室の用法あり。宮室を制するに、能く時をはかつて、民の労をしり、農の時を不妨、竹木を截り取るに宜しき時、土石を運送するに利あるの時、すべて諸色時を以てせざれば、労而無益。緩急節をはかつて、専天の時を考ふべし。詩序曰。定之方中。美衛文公也。文公徒居楚丘。始建城市。而営宮室。得其時制。百姓悦之。国家殷富焉と出せり。定は北方之宿、営室星也。此星昏而正中するは、今の十月也。是宮室営作の時なれば。民の暇あつて天の時に順也。若其事不得已時は、唯重に可従。されば門戸之制、道橋の脩造、城郭牆塹は、不可一日無焉者也。時を待てつくるべからずといへり。
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易経・乾卦周易 第一卦。乾下乾上。易経。乾は、元いに亨る。貞しきに利ろし。初九、潜竜なり、用うる勿かれ。九二、見竜田に在り、大人を見るに利ろし。九三、君子終日乾乾し、夕べに惕若たり。厲けれども咎无し。九四、或いは躍りて淵に在り、咎无し。九五、飛竜天に在り、大人を見るに利ろし。上九、亢竜悔い有り。用九、群竜首无きを見る、吉。彖に曰く、
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易経・晉卦周易 第三十五卦。坤下離上。易経。晋は、康侯用(も)つて馬を錫(たま)はること蕃庶(はんしょ)、昼日に三たび接す。初六、晋如(しんじょ)たり、摧如(さいじょ)たり、貞にして吉。孚(まこと)とせらるること罔(な)きも、裕(ゆたか)にすれば咎无し。六二、晋如たり、愁如たり、貞にして吉。茲(こ)の介福を其の王母に受く。六三、衆允(まこと)とす、悔亡ぶ。九四、晋如たる鼫鼠(せきそ)、貞なれども厲(あや)ふし。六五、悔亡ぶ、失得恤(うれ)ふる勿かれ、往けば吉にして利あらざる无し。上九、其の角に晋む、維(こ)れ用て邑を伐つ、厲ふけれども吉にして咎无し、貞なれども吝(りん)。彖に曰く、
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呂氏春秋・首時①聖人の事に於ける、緩なるに似て急に、遲きに似て速かに、以て時を待つ。王季歷困しみて死す。文王之を苦しみ、有た羑里の醜を忘れざれども、時未だ可ならざるなり。武王之に事え、夙夜懈らざりしも、亦た玉門の辱を忘れず。立ちて十二年にして、甲子の事を成せり。時は固に得易からざるなり。太公望は東夷の士なり。一世を定めんと欲すれども其の主無し。文王の賢なるを聞き、故らに渭に釣りして以て之を觀る。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制今天下既に泰山の安にあり。百工不及処なく、国に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を学ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて弁をなさんことは、腐儒末学のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可慎也。本朝営繕令を選んで唐の例に准し、天下の営作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自気をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悦ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。
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