論衡 / 『論衡』定賢篇第八十・成果は時の巡りにも左右される
陰陽和、百姓安者、時也。時和、不肖遭其安;不和、雖聖逢其危。如以陰陽和而效賢不肖、則堯以洪水得黜、湯以大旱為殿下矣。
新字:陰陽和、百姓安者、時也。時和、不肖遭其安;不和、雖聖逢其危。如以陰陽和而効賢不肖、則堯以洪水得黜、湯以大旱為殿下矣。
書き下し
陰陽和し、百姓安きは、時なり。時和すれば、不肖も其の安きに遭い、和せざれば、聖と雖も其の危うきに逢う。如し陰陽和するを以て賢・不肖を効さば、則ち堯は洪水を以て黜けらるるを得、湯は大旱を以て殿下と為らん。
現代語訳
陰陽の気が調って民が安らかなのは、時勢によるものです。時勢が調っていれば、不肖の者でもその安らぎにあい、調っていなければ、聖人でも危うさに遭います。もし陰陽が調っているかどうかで賢者か不肖かを験すなら、堯は洪水のために退けられ、湯王は大旱魃のために最下位に置かれてしまうでしょう。
解説
定賢篇が功績を賢さの証明にできない理由の一つとして挙げる箇所です。王充は、世の中が安らかかどうかは時の巡り合わせによるところが大きいと述べ、堯の洪水や湯王の大干ばつを例に、結果だけで人を裁く危うさを指摘します。ここでいう陰陽の気とは、当時の人が天地の調和と考えたものです。業績評価でも、市場の追い風で伸びた人と、逆風の中で踏ん張った人を同じ物差しで測れば、実力を見誤ります。数字の背後にある環境を差し引いて見る視点が要ります。

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時陰陽功績堯湯評価
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