山鹿語類 / 士道・嚴居宅之制
師曰。凡そ宮室家宅は人不得止の制也。飮食衣服備るといへども、雨露霜雪におかされ、風寒暑濕にあてられては、飮食の養不全、衣服これがために害せらる。こゝにおいて居宅を搆へて其失を去る。されば上古には常には外に居て用をたし、居宅には土の下に穴を設て、此內に身を隱して風寒をされり。聖人是を考へ、竹木をあつめ、草茅をかつて、初めて家宅の設をなせり。易曰。上古は穴居而野處。聖人易之以宮室。上棟下宇。以待風雨。葢取諸大壯とは此心なるべし。是人生居宅のおこれるゆゑん也。既に居宅のかまへ有て、人々其制作をしり、工みこゝにさかんにして、器こゝにたれるときは、居宅又其制法不具ばあるべからざる也。居移氣は孟子の戒しめ也。其人の居處不正ば、氣これがために變易して、威儀正しきことを不得。芝蘭の室に入れば、不求してかほり、鮑魚の室に入れば自其臭を含む。酒家に入れば酒をのまんことを思ひ、市家によれは、賣買の利をしる。是其居處によつて其氣の養たがへば也。鳳凰は梧桐にやどり、黃鳥は丘隅に止まり、魚は淵に躍、麒麟は郊藪に出、各其處によろしきゆゑあるは、居宅を營するの理也。
新字:師曰。凡そ宮室家宅は人不得止の制也。飲食衣服備るといへども、雨露霜雪におかされ、風寒暑湿にあてられては、飲食の養不全、衣服これがために害せらる。こゝにおいて居宅を搆へて其失を去る。されば上古には常には外に居て用をたし、居宅には土の下に穴を設て、此内に身を隠して風寒をされり。聖人是を考へ、竹木をあつめ、草茅をかつて、初めて家宅の設をなせり。易曰。上古は穴居而野処。聖人易之以宮室。上棟下宇。以待風雨。葢取諸大壮とは此心なるべし。是人生居宅のおこれるゆゑん也。既に居宅のかまへ有て、人々其制作をしり、工みこゝにさかんにして、器こゝにたれるときは、居宅又其制法不具ばあるべからざる也。居移気は孟子の戒しめ也。其人の居処不正ば、気これがために変易して、威儀正しきことを不得。芝蘭の室に入れば、不求してかほり、鮑魚の室に入れば自其臭を含む。酒家に入れば酒をのまんことを思ひ、市家によれは、売買の利をしる。是其居処によつて其気の養たがへば也。鳳凰は梧桐にやどり、黄鳥は丘隅に止まり、魚は淵に躍、麒麟は郊藪に出、各其処によろしきゆゑあるは、居宅を営するの理也。
書き下し
師曰。凡そ宮室家宅は人不得止の制也。飲食衣服備るといへども、雨露霜雪におかされ、風寒暑湿にあてられては、飲食の養不全、衣服これがために害せらる。こゝにおいて居宅を搆へて其失を去る。されば上古には常には外に居て用をたし、居宅には土の下に穴を設て、此内に身を隠して風寒をされり。聖人是を考へ、竹木をあつめ、草茅をかつて、初めて家宅の設をなせり。易曰。上古は穴居而野処。聖人易之以宮室。上棟下宇。以待風雨。葢取諸大壮とは此心なるべし。是人生居宅のおこれるゆゑん也。既に居宅のかまへ有て、人々其制作をしり、工みこゝにさかんにして、器こゝにたれるときは、居宅又其制法不具ばあるべからざる也。居移気は孟子の戒しめ也。其人の居処不正ば、気これがために変易して、威儀正しきことを不得。芝蘭の室に入れば、不求してかほり、鮑魚の室に入れば自其臭を含む。酒家に入れば酒をのまんことを思ひ、市家によれは、売買の利をしる。是其居処によつて其気の養たがへば也。鳳凰は梧桐にやどり、黄鳥は丘隅に止まり、魚は淵に躍、麒麟は郊藪に出、各其処によろしきゆゑあるは、居宅を営するの理也。
現代語訳
師(山鹿素行)は言われた。そもそも宮殿や家屋は、人にとってやむをえず設ける制度である。食べ物と衣服が備わっていても、雨・露・霜・雪に冒され、風・寒さ・暑さ・湿気にさらされれば、食べ物による養いは全うされず、衣服もそのために損なわれる。そこで住まいを構えてその害を除くのである。上古には、ふだんは外にいて用を足し、住まいとしては土の下に穴を設け、その中に身を隠して風や寒さを避けていた。聖人がこれを考え、竹や木を集め、草や茅を刈って、初めて家屋をこしらえた。『易経』に「上古は穴に住み野に暮らした。聖人がこれを宮室に改め、棟を上げ軒を下ろして風雨に備えた。思うにこれを大壮の卦に取ったのである」とあるのは、この意味であろう。これが人の世に住まいが起こったいわれである。すでに住まいの構えができ、人々がその作り方を知り、工みが盛んになり器が整ってくれば、住まいにもまたその決まりが備わらなければならない。「居は気を移す」(住む所が気質を変える)とは孟子の戒めである。その人の住む所が正しくなければ、気がそのために変わってしまい、威儀を正しく保つことができない。芝蘭(香草)の部屋に入れば求めなくても香りが移り、鮑魚(塩漬けの魚)の部屋に入れば自然にその臭いを帯びる。酒屋に入れば酒を飲みたくなり、市の店に寄れば売り買いの利を知るようになる。これは住む所によって気の養われ方が違うからである。鳳凰は梧桐に宿り、黄鳥は丘の隅にとまり、魚は淵に躍り、麒麟は郊外の藪に現れる。それぞれにふさわしい場所があるのは、住まいを営む道理と同じである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳・蔡の間に戹するは、上下の交はり無ければなり。」
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
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