墨子 / 所染
子墨子言見染絲者而歎,曰:染於蒼則蒼,染於黄則黄,所入者變,其色亦變。五入而已為五色矣。故染不可不慎也。
新字:子墨子言見染糸者而嘆,曰:染於蒼則蒼,染於黄則黄,所入者変,其色亦変。五入而已為五色矣。故染不可不慎也。
書き下し
子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
現代語訳
墨子は糸を染めている者を見て嘆じて言った。「青い染料に浸せば青くなり、黄色に浸せば黄色くなる。浸す液が変われば、その色もまた変わる。五回浸せば、もう五つの色になっている。だから、何に染まるかは慎重でなければならない」。
解説
『墨子』のなかで最もよく知られた場面です。染料に浸すたびに色が変わり、五回浸せば五色になる。もとの糸に戻すことはできません。ここから墨子は人と国の話に移りますが、この短い一段だけで、環境が人を作るという主張が完結しています。注意したいのは「所入者變、其色亦變」——変わるのは糸の側ではなく、浸した液の側だという書き方です。誰と過ごすかを選ぶことが、そのまま自分を選ぶことになります。
この章句が説くこと
環境習慣影響染まる人を選ぶ
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