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山鹿語類 / 士道・明衣服之制

而して惡衣惡食をはづる、士の道に志すに非ず。子路衣敝縕袍與衣狐貉者立不耻を孔子稱美し玉へり。學者此心を不會して、天下の人皆如此ならんことを欲す。尤あやまれり。士は微官微祿にして、衣服を逞しくすべきの身に非ず。子路が身又然り。故に惡衣において志なし。道に志すのみ也。今大官大祿を得、財寳充滿して、衣服其節を不知、しきりに惡衣を着して是を不耻を道と思ふは、是唯身を利して聖人の心を不知也。所謂身を利すると云は、衣服を着かへぬぎかへて褻晴あるをむつかしく存じて、晴のまゝに私に侍べり、褻のまゝに公庭賓客祭祀に至る。是身の安佚を好むがゆゑ也。衣服に財を費すことを嫌て、分より遙にきたなびるゝは、是其利害にして禮にかなはざる也。聖人の敎を、意見を以て考へて、師を不尋、理を不究、是己れを利する也。故に學者常に如此所を味へて、其分限を節して儉德を可用。不然ばしきりに奢て心氣の養を失ひ、ひたすら吝て威儀の用をみだりならしむるは、聖人の學に不有也。

新字:而して悪衣悪食をはづる、士の道に志すに非ず。子路衣敝縕袍与衣狐貉者立不耻を孔子称美し玉へり。学者此心を不会して、天下の人皆如此ならんことを欲す。尤あやまれり。士は微官微禄にして、衣服を逞しくすべきの身に非ず。子路が身又然り。故に悪衣において志なし。道に志すのみ也。今大官大禄を得、財宝充満して、衣服其節を不知、しきりに悪衣を着して是を不耻を道と思ふは、是唯身を利して聖人の心を不知也。所謂身を利すると云は、衣服を着かへぬぎかへて褻晴あるをむつかしく存じて、晴のまゝに私に侍べり、褻のまゝに公庭賓客祭祀に至る。是身の安佚を好むがゆゑ也。衣服に財を費すことを嫌て、分より遥にきたなびるゝは、是其利害にして礼にかなはざる也。聖人の教を、意見を以て考へて、師を不尋、理を不究、是己れを利する也。故に学者常に如此所を味へて、其分限を節して倹徳を可用。不然ばしきりに奢て心気の養を失ひ、ひたすら吝て威儀の用をみだりならしむるは、聖人の学に不有也。

書き下し

而して悪衣悪食をはづる、士の道に志すに非ず。子路衣敝縕袍与衣狐貉者立不耻を孔子称美し玉へり。学者此心を不会して、天下の人皆如此ならんことを欲す。尤あやまれり。士は微官微禄にして、衣服を逞しくすべきの身に非ず。子路が身又然り。故に悪衣において志なし。道に志すのみ也。今大官大禄を得、財宝充満して、衣服其節を不知、しきりに悪衣を着して是を不耻を道と思ふは、是唯身を利して聖人の心を不知也。所謂身を利すると云は、衣服を着かへぬぎかへて褻晴あるをむつかしく存じて、晴のまゝに私に侍べり、褻のまゝに公庭賓客祭祀に至る。是身の安佚を好むがゆゑ也。衣服に財を費すことを嫌て、分より遥にきたなびるゝは、是其利害にして礼にかなはざる也。聖人の教を、意見を以て考へて、師を不尋、理を不究、是己れを利する也。故に学者常に如此所を味へて、其分限を節して倹徳を可用。不然ばしきりに奢て心気の養を失ひ、ひたすら吝て威儀の用をみだりならしむるは、聖人の学に不有也。

現代語訳

そして粗末な衣や粗末な食事を恥じる者は、士の道に志す者ではない。子路が破れた綿入れを着て、狐や狢の皮衣を着た人と並んで立っても恥じなかったことを、孔子はほめられた。学者はこの心を理解せず、天下の人がみなこのようであることを望む。まったくの誤りである。士は小さな官と少ない禄の身であって、衣服を立派にすべき身ではない。子路の身もまたそうであった。ゆえに粗末な衣に心を向けることがない。ただ道に志すだけである。今、大官大禄を得て財宝が満ちているのに、衣服の節度を知らず、しきりに粗末な衣を着てこれを恥じないのを道と思うのは、ただ身を利して聖人の心を知らないのである。いわゆる身を利するというのは、衣服を着替え脱ぎ替えて褻(ふだん)と晴(改まった場)の区別があるのを面倒に思って、晴の服のまま私的に過ごし、褻の服のまま公の場や賓客・祭祀に臨むことである。これは身の安楽を好むからである。衣服に財を費やすことを嫌って、分よりはるかにみすぼらしくするのは、それは損得であって礼にかなわない。聖人の教えを自分の意見で考えて、師に尋ねず、理を究めないのは、自分を利することである。ゆえに学者は常にこのようなところをよく味わって、その分限に節度をつけて倹約の徳を用いるべきである。そうでなければ、しきりに奢って心気の養いを失い、ひたすら吝嗇で威儀の用を乱すのは、聖人の学ではない。

解説

衣服の章を結ぶ段である。『論語』子罕篇で孔子が子路を称えたのは、微官微禄の士が粗衣を恥じず道に志したからであって、大禄の者が粗衣を着て道と思い込むのは、着替えの手間や出費を嫌って身を利しているにすぎないと論じる。褻と晴の区別を面倒がり、分より遥かにみすぼらしくするのは礼にかなわない。奢りも吝嗇もともに聖人の学ではなく、分限に応じた倹約こそが徳だという結論は、章の冒頭の主張と響き合う。立場に応じた身なりと支出の加減は、今も上に立つ人に問われる課題である。

この章句が説くこと

倹約分限礼威儀子路論語

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