孔子家語 / 致思
子路治蒲,請見於孔子曰:「由願受教於夫子。」子曰:「蒲其如何?」對曰:「邑多壯士,又難治也。」子曰:「然,吾語爾。恭而敬,可以攝勇;寬而正,可以懷強;愛而恕,可以容困;溫而斷,可以抑奸。如此而加之,則正不難矣。」
新字:子路治蒲,請見於孔子曰:「由願受教於夫子。」子曰:「蒲其如何?」対曰:「邑多壮士,又難治也。」子曰:「然,吾語爾。恭而敬,可以摂勇;寛而正,可以懐強;愛而恕,可以容困;温而断,可以抑奸。如此而加之,則正不難矣。」
書き下し
子路蒲を治め、見えんことを孔子に請いて曰わく、「由夫子に教えを受けんことを願う。」 子曰わく、「蒲は其れ如何。」 対えて曰わく、「邑壮士多く、又治め難きなり。」 子曰わく、「然り、吾爾に語らん。恭にして敬なれば、以て勇を攝む可し。寛にして正しければ、以て強を懐く可し。愛にして恕なれば、以て困を容る可し。温にして断なれば、以て奸を抑う可し。此くの如くにして之に加うれば、則ち正すこと難からず。」
現代語訳
子路が蒲の地を治めることになり、孔子に会って教えを請うた。「私は先生から教えをいただきたいのです。」 先生は言った。「蒲はどのような土地か。」 子路は答えた。「町には荒々しい者が多く、治めるのが難しい土地です。」 先生は言った。「そうか、では私からお前に伝えておこう。恭しくして敬意をもって接すれば、荒々しい者たちの勇猛さを抑えることができる。寛容でありながら正しくあれば、強情な者たちの心を懐柔することができる。愛情をもって思いやりを示せば、困窮した者たちを受け入れることができる。温和でありながら決断力を持てば、よこしまな者を抑えることができる。このようにしてこれらを実践していけば、この土地を治めることは難しくない。」
解説
荒々しい気風で治めにくいとされる蒲の地の統治を任された子路が、孔子に治政の心得を尋ねた逸話です。孔子は「恭にして敬」「寛にして正」「愛にして恕」「温にして断」という、一見相反する二つの性質を組み合わせた四つの原則を示しています。優しさと厳しさ、寛容さと正しさは、どちらか一方だけでは不十分であり、両方を併せ持つことで初めて人々を治めることができるという考え方です。これは、単純な力による支配や、逆に無原則な甘さのどちらでもない、バランスの取れたリーダーシップのあり方を示しており、致思第八篇の締めくくりとして、現代の組織運営やマネジメントにもそのまま応用できる普遍的な知恵といえます。
この章句が説くこと
子路蒲治政恭敬寛正バランス
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