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孔子家語 / 曲禮子夏問

子路與子羔仕於衛,衛有蒯聵之難。孔子在魯,聞之曰:「柴也其來,由也死矣。」既而衛使至,曰:「子路死焉。」夫子哭之於中庭,有人吊者,而夫子拜之,已哭,進使者而問故,使者曰:「醢之矣。」遂令左右皆覆醢,曰:「吾何忍食此。」

新字:子路与子羔仕於衛,衛有蒯聵之難。孔子在魯,聞之曰:「柴也其来,由也死矣。」既而衛使至,曰:「子路死焉。」夫子哭之於中庭,有人吊者,而夫子拝之,已哭,進使者而問故,使者曰:「醢之矣。」遂令左右皆覆醢,曰:「吾何忍食此。」

書き下し

子路と子羔、衛に仕う、衛に蒯聵の難有り。孔子魯に在り、之を聞きて曰く、「柴や其れ来たらん、由や死せん」と。既にして衛の使い至り、曰く、「子路死せり」と。夫子之を中庭に哭す、人の吊う者有りて、夫子之を拝す、已に哭して、使者を進めて故を問う、使者曰く、「之を醢にせり」と。遂に左右をして皆醢を覆さしめて曰く、「吾何ぞ忍びて此を食らわんや」と。

現代語訳

子路と子羔はともに衛の国に仕えていたが、衛では蒯聵をめぐる内乱が起こった。孔子は魯の国にいてこれを聞き、「柴(子羔)はきっと逃げ帰って来るだろうが、由(子路)は死ぬだろう」と言った。まもなく衛からの使者が到着し、「子路は亡くなりました」と伝えた。孔子は中庭でその死を哭泣して悼んだ。弔問に訪れる人がいると、孔子はその人に拝礼した。哭泣を終えると、使者を呼び寄せてその経緯を尋ねた。使者は「子路の遺体は塩漬けの肉にされました」と答えた。孔子はただちに周りの者に命じて、家にあった塩漬け肉をすべてひっくり返させ、言った。「私はどうしてこれを食べるに忍びようか。」

解説

孔子は子路の性格をよく理解しており、内乱に際して子羔は逃げ延び、剛直な子路は最後まで職務を全うして命を落とすだろうと的確に予見していました。実際に子路が非業の死を遂げ、遺体が塩漬け肉にされたと聞くと、孔子は深い悲しみのあまり、家にある同種の食べ物さえも目にすることに耐えられず、すべて捨てさせています。弟子の非業の死に対する痛切な悲しみが、儀礼的な哭泣だけでなく、日常生活における具体的な行動にまで及んでいる点に、孔子と子路との深い師弟の情愛が生々しく表れています。

この章句が説くこと

子路子羔蒯聵の難師弟の情

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