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山鹿語類 / 士道・明衣服之制

唐の武德年中に、衣服令を定め、天子之服は十四の品を分け、群臣の服は二十有一品に定め、其制をまちまちに究む。然れども上世を去ること甚遠して、其釆色綿帛皆以て甚奢れり。豈君子の制ならんや。况や後世に至て蕃國の珍產多くして、これを以て衣服とす。この國の制法こと〴〵く失するに至れり。彼夷狄は唯己れが身を利するを以て專とし、國又邊鄙にして四時不宜を以て、麻とり桑とること不叶がゆゑに、鳥獸の毛をあつめ、其皮を制してこれが衣服とす。豈中國の寒暑を時なうが如くならんや。然に中國に居て麻布綿帛の寒暑に宜きを棄て、或はにこげの衣を着し、或は木綿のあらきを用は、中國の人に可稱のことなし。たとへ見にみごとなり着て宜しと云とも、聖人の法服にあらず。是を用ゆるに不足也。

新字:唐の武徳年中に、衣服令を定め、天子之服は十四の品を分け、群臣の服は二十有一品に定め、其制をまちまちに究む。然れども上世を去ること甚遠して、其釆色綿帛皆以て甚奢れり。豈君子の制ならんや。況や後世に至て蕃国の珍産多くして、これを以て衣服とす。この国の制法こと〴〵く失するに至れり。彼夷狄は唯己れが身を利するを以て専とし、国又辺鄙にして四時不宜を以て、麻とり桑とること不叶がゆゑに、鳥獣の毛をあつめ、其皮を制してこれが衣服とす。豈中国の寒暑を時なうが如くならんや。然に中国に居て麻布綿帛の寒暑に宜きを棄て、或はにこげの衣を着し、或は木綿のあらきを用は、中国の人に可称のことなし。たとへ見にみごとなり着て宜しと云とも、聖人の法服にあらず。是を用ゆるに不足也。

書き下し

唐の武徳年中に、衣服令を定め、天子之服は十四の品を分け、群臣の服は二十有一品に定め、其制をまちまちに究む。然れども上世を去ること甚遠して、其釆色綿帛皆以て甚奢れり。豈君子の制ならんや。況や後世に至て蕃国の珍産多くして、これを以て衣服とす。この国の制法こと〴〵く失するに至れり。彼夷狄は唯己れが身を利するを以て専とし、国又辺鄙にして四時不宜を以て、麻とり桑とること不叶がゆゑに、鳥獣の毛をあつめ、其皮を制してこれが衣服とす。豈中国の寒暑を時なうが如くならんや。然に中国に居て麻布綿帛の寒暑に宜きを棄て、或はにこげの衣を着し、或は木綿のあらきを用は、中国の人に可称のことなし。たとへ見にみごとなり着て宜しと云とも、聖人の法服にあらず。是を用ゆるに不足也。

現代語訳

唐の武徳年間に衣服令を定め、天子の服は十四の等級に分け、群臣の服は二十一の等級に定めて、その制度を細かく究めた。けれども上古を去ることがはなはだ遠くなって、その色彩や綿帛はみなたいへん奢ったものになった。どうして君子の制度であろうか。まして後世に至ると、外国の珍しい産物が多くなって、これで衣服を作るようになった。この国の制法はことごとく失われるに至った。あの夷狄はただ自分の身を利することをもっぱらとし、国も辺鄙で四季が順調でないので、麻を取り桑を摘むことができず、そのため鳥獣の毛を集め、その皮を加工して衣服とする。どうして中国(文明の国)が寒暑に合わせるようなものであろうか。それなのに中国にいながら、寒暑に適した麻布・綿帛を捨てて、あるいは毛織の衣を着、あるいは粗い木綿を用いるのは、中国の人として称えるべきことは何もない。たとえ見た目が見事で着心地がよいといっても、聖人の法服ではない。これを用いるには足りない。

解説

唐の衣服令がすでに奢りに傾いたことを指摘し、さらに後世、外国の珍しい産物で衣服を作るようになって本来の制法が失われたと批判する。ここでいう中国は文明の中心という意味で、素行はのちに『中朝事実』で日本こそ中国と呼ぶべきだと論じるに至る。風土に合った麻や絹を捨て、珍しさや見た目で毛織物などを選ぶことを戒めるのは、衣服を風土と礼に根ざすものと見るからである。流行や舶来品を追う消費のあり方を考え直す手がかりになるが、異文化を夷狄と見る当時の偏りも読み取っておきたい。

この章句が説くこと

奢侈風土礼法服節度衣服令

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