荀子 / 修身篇
扁善之度,以治氣養生,則後彭祖;以脩身自名,則配堯禹。宜於時通,利以處窮,禮信是也。凡用血氣、志意、知慮,由禮則治通,不由禮則勃亂提僈;食飲,衣服、居處、動靜,由禮則和節,不由禮則觸陷生疾;容貌、態度、進退、趨行,由禮則雅,不由禮則夷固、僻違、庸眾而野。故人無禮則不生,事無禮則不成,國家無禮則不寧。《詩》曰:「禮儀卒度,笑語卒獲。」此之謂也。
新字:扁善之度,以治気養生,則後彭祖;以脩身自名,則配堯禹。宜於時通,利以処窮,礼信是也。凡用血気、志意、知慮,由礼則治通,不由礼則勃乱提僈;食飲,衣服、居処、動静,由礼則和節,不由礼則触陥生疾;容貌、態度、進退、趨行,由礼則雅,不由礼則夷固、僻違、庸衆而野。故人無礼則不生,事無礼則不成,国家無礼則不寧。《詩》曰:「礼儀卒度,笑語卒獲。」此之謂也。
書き下し
扁く善なるの度、以て気を治め生を養なわば、則ち彭祖に後れ、以て身を脩め名を自らにせば、則ち堯・禹に配す。時に宜しくして通じ、利ありて以て窮に処る、礼信是れなり。凡そ血気・志意・知慮を用うるに、礼に由れば則ち治通し、礼に由らざれば則ち勃乱提僈す。食飲・衣服・居処・動静、礼に由れば則ち和節し、礼に由らざれば則ち触陥して疾を生ず。容貌・態度・進退・趨行、礼に由れば則ち雅なり、礼に由らざれば則ち夷固・僻違、庸衆にして野なり。故に人は礼無ければ則ち生きず、事は礼無ければ則ち成らず、国家は礼無ければ則ち寧からず。詩に曰く、「礼儀卒に度あり、笑語卒に獲たり」とは、此れを之れ謂うなり。
現代語訳
あらゆる場面に行きわたる善の物差しがある。それによって気を整え生命を養えば、長寿の彭祖に次ぐほどになり、それによって身を修めて自ら名を立てれば、堯や禹に肩を並べるほどになる。順境のときには時宜にかなって道が通じ、逆境のときにもうまく身を処することができる。その物差しこそが礼である。およそ血気や意志、思慮を働かせるとき、礼に従えば筋道が通るが、礼に従わなければ乱れて締まりがなくなる。飲食、衣服、住まい、日々の立ち居ふるまいも、礼に従えば調和して節度があるが、礼に従わなければ無理がたたって病を生む。表情や態度、進退や歩き方も、礼に従えば品位があるが、礼に従わなければ、いかつく偏り、俗っぽく粗野になる。だから人は礼がなければ生きられず、事は礼がなければ成らず、国家は礼がなければ安らかでない。詩経に「礼儀はすべて節度にかない、笑いも語らいもみなふさわしい」とあるのは、このことを言ったのである。
解説
この章句が説くこと
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