山鹿語類 / 士道・明衣服之制
而して染色のこと、五色の正色を以て高下の品を定むべし。相雜はるの染物、間色さまことなる色を用ひんは、君子の大に戒むる處也。童子女子は用之といへども、其養を詳にせんには、童子と云とも如此の色ある服をなさしむべからざる也。婦人猶然り。朱子曰。自隋煬帝令百官以戎服從一品賜紫。次朱。次綠。後世遂爲朝服。馬端臨曰。用紫綠靑爲命服。始於隋煬帝。而其制遂定於唐。然漢夏侯勝謂。士明經。取靑紫如拾芥。揚子雲亦言。紆靑施紫。西漢服章無所考見。史言。祭服用袀紺色玄。東漢則百官之服。皆袀玄而靑紫。乃其時貴官燕居之服。非微賤者所可服歟。丘文莊曰。孔子曰。紅紫不以爲褻服。朱子謂。紅紫間色。不正。嗚呼五胡亂華以來。極於元魏之世。凡中國之衣冠禮服。皆爲所變。一切趨於苟簡。是雖華夏之域。其所以爲身之章者。無復上衣下裳之制。豈但其服色之不正而已哉。自隋以來。以紫爲大臣之服。我朝始復古制。朝服一以赤。云々。
新字:而して染色のこと、五色の正色を以て高下の品を定むべし。相雑はるの染物、間色さまことなる色を用ひんは、君子の大に戒むる処也。童子女子は用之といへども、其養を詳にせんには、童子と云とも如此の色ある服をなさしむべからざる也。婦人猶然り。朱子曰。自隋煬帝令百官以戎服従一品賜紫。次朱。次緑。後世遂為朝服。馬端臨曰。用紫緑青為命服。始於隋煬帝。而其制遂定於唐。然漢夏侯勝謂。士明経。取青紫如拾芥。揚子雲亦言。紆青施紫。西漢服章無所考見。史言。祭服用袀紺色玄。東漢則百官之服。皆袀玄而青紫。乃其時貴官燕居之服。非微賤者所可服歟。丘文荘曰。孔子曰。紅紫不以為褻服。朱子謂。紅紫間色。不正。嗚呼五胡乱華以来。極於元魏之世。凡中国之衣冠礼服。皆為所変。一切趨於苟簡。是雖華夏之域。其所以為身之章者。無復上衣下裳之制。豈但其服色之不正而已哉。自隋以来。以紫為大臣之服。我朝始復古制。朝服一以赤。云々。
書き下し
而して染色のこと、五色の正色を以て高下の品を定むべし。相雑はるの染物、間色さまことなる色を用ひんは、君子の大に戒むる処也。童子女子は用之といへども、其養を詳にせんには、童子と云とも如此の色ある服をなさしむべからざる也。婦人猶然り。朱子曰。自隋煬帝令百官以戎服従一品賜紫。次朱。次緑。後世遂為朝服。馬端臨曰。用紫緑青為命服。始於隋煬帝。而其制遂定於唐。然漢夏侯勝謂。士明経。取青紫如拾芥。揚子雲亦言。紆青施紫。西漢服章無所考見。史言。祭服用袀紺色玄。東漢則百官之服。皆袀玄而青紫。乃其時貴官燕居之服。非微賤者所可服歟。丘文荘曰。孔子曰。紅紫不以為褻服。朱子謂。紅紫間色。不正。嗚呼五胡乱華以来。極於元魏之世。凡中国之衣冠礼服。皆為所変。一切趨於苟簡。是雖華夏之域。其所以為身之章者。無復上衣下裳之制。豈但其服色之不正而已哉。自隋以来。以紫為大臣之服。我朝始復古制。朝服一以赤。云々。
現代語訳
そして染色のことは、五色の正色によって高下の等級を定めるべきである。色の混じった染め物や、間色やふつうと違う色を用いることは、君子が大いに戒めるところである。童子や女子はこれを用いるといっても、その養育を詳しくするなら、童子であってもこのような色のある服を着せてはならない。婦人もなおそうである。朱子は言う。「隋の煬帝が百官に戎服で従わせ、一品には紫を賜り、次は朱、次は緑としてから、後世ついにこれが朝服となった」。馬端臨は言う。「紫・緑・青を命服とするのは隋の煬帝に始まり、その制度は唐でついに定まった。しかし漢の夏侯勝は『士が経書に明るければ、青や紫(の綬)を取るのは芥を拾うようなものだ』と言い、揚子雲(揚雄)もまた『青を纏い紫を施す』と言っている。前漢の服章は考えて見るすべがない。史書には『祭服には袀(純色)の紺色・黒を用いる』とある。後漢では百官の服はみな純黒であって、青や紫はその時の貴官のくつろぎの服で、身分の低い者が着られるものではなかったのであろうか」。丘文荘(丘濬)は言う。「孔子は『紅や紫は褻服(ふだん着)にしない』と言い、朱子は『紅や紫は間色で正しくない』と言った。ああ、五胡が中華を乱して以来、北魏の世に極まり、およそ中国の衣冠礼服はみな変えられ、すべて手軽さに走った。これでは中華の地であっても、身の飾りとなるものに、もはや上衣下裳の制度がない。どうしてただその服の色が正しくないだけであろうか。隋以来、紫を大臣の服としてきたが、わが(明)朝は初めて古制を復し、朝服をすべて赤にした」云々。
解説
この章句が説くこと
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