山鹿語類 / 士道・節飮食之用
玉藻曰、君未覆手不敢飱、覆手以脩咡、已食之也、君既徹、執飯與醬、乃出授從者、食於尊者之前、當親徹、士相見禮曰、若君賜之食、則君祭先飯、偏嘗膳、臣先嘗也飯而俟、君命之食、然後食。曲禮曰、賜菓於君前、其有核者懷其核、御食於君、々賜餘、器之漑者不寫、其餘皆寫。寫傳己器中、乃食之也、論語曰、君賜食、必正席先嘗之、君賜腥、必熟而薦之、君賜生、必畜之といへり。是君父に侍食するの禮也。曲禮曰、侍食於長者、主人親饋、則拜而食、主人不親饋、則不拜而食。玉藻曰、凡食菓實者、後君子、火食者先君子。曲禮曰、侍飮於長者、酒進則起拜、受於尊所、近尊嚮長者也、長者辭、少者反席而飮、長者擧未釂、少者不敢飮と出たり。是長者に侍養するの禮也。
新字:玉藻曰、君未覆手不敢飱、覆手以脩咡、已食之也、君既徹、執飯与醬、乃出授従者、食於尊者之前、当親徹、士相見礼曰、若君賜之食、則君祭先飯、偏嘗膳、臣先嘗也飯而俟、君命之食、然後食。曲礼曰、賜菓於君前、其有核者懐其核、御食於君、々賜余、器之漑者不写、其余皆写。写伝己器中、乃食之也、論語曰、君賜食、必正席先嘗之、君賜腥、必熟而薦之、君賜生、必畜之といへり。是君父に侍食するの礼也。曲礼曰、侍食於長者、主人親饋、則拝而食、主人不親饋、則不拝而食。玉藻曰、凡食菓実者、後君子、火食者先君子。曲礼曰、侍飲於長者、酒進則起拝、受於尊所、近尊嚮長者也、長者辞、少者反席而飲、長者挙未釂、少者不敢飲と出たり。是長者に侍養するの礼也。
書き下し
玉藻曰、君未覆手不敢飱、覆手以脩咡、已食之也、君既徹、執飯与醬、乃出授従者、食於尊者之前、当親徹、士相見礼曰、若君賜之食、則君祭先飯、偏嘗膳、臣先嘗也飯而俟、君命之食、然後食。曲礼曰、賜菓於君前、其有核者懐其核、御食於君、々賜余、器之漑者不写、其余皆写。写伝己器中、乃食之也、論語曰、君賜食、必正席先嘗之、君賜腥、必熟而薦之、君賜生、必畜之といへり。是君父に侍食するの礼也。曲礼曰、侍食於長者、主人親饋、則拝而食、主人不親饋、則不拝而食。玉藻曰、凡食菓実者、後君子、火食者先君子。曲礼曰、侍飲於長者、酒進則起拝、受於尊所、近尊嚮長者也、長者辞、少者反席而飲、長者挙未釂、少者不敢飲と出たり。是長者に侍養するの礼也。
現代語訳
玉藻篇に「君がまだ手を伏せないうちは(食べ終えないうちは)、あえて飯を終えない。君が手を伏せたら口の周りをぬぐう(すでに食べ終えたのである)。君が膳を下げたら、飯と醤を持って出て、従者に渡す。尊者の前で食べたときは、自分で膳を下げるべきである」とある。『儀礼』士相見礼に「もし君が食事を賜れば、君が祭(食前に少し供える)をしたら、先に飯を食べ、膳を一通り嘗めて(臣が先に嘗める)、飯を食べて待ち、君が食べよと命じてから、そののちに食べる」とある。曲礼篇に「君の前で果物を賜ったら、種のあるものはその種を懐に入れる。君に食事を差し上げて、君が残りを賜ったとき、洗える器のものは移さず、その他はみな移す(自分の器に移してから食べる)」とある。『論語』に「君が食物を賜れば、必ず席を正して先にこれを嘗める。君が生肉を賜れば、必ず火を通して祖先に供える。君が生きた動物を賜れば、必ずこれを飼う」とある。これらが君父に侍して食事をする礼である。曲礼篇に「長者に侍して食事をするとき、主人が自ら料理を出せば、拝してから食べる。主人が自ら出さなければ、拝さずに食べる」とある。玉藻篇に「およそ果物を食べるときは君子の後にし、火を通した物を食べるときは君子より先にする」とある。曲礼篇に「長者に侍して酒を飲むときは、酒が進められれば立って拝し、酒樽の所で受ける(樽に近づいて長者に向かう)。長者が辞退すれば、年少者は席に戻って飲む。長者が杯を挙げてまだ飲み干さないうちは、年少者はあえて飲まない」と出ている。これらが長者に侍して養う礼である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一曲礼曰く、敬せざること毋かれ。凡人事の視聴言動より出づる処、万事敬しまざる事なかるべし。敬とは、心に道に違はん事をおそれて、恣ならざるを云ふ。是心をたもち、身ををさめ、事を行ふ則なり。是礼の本なり。古より、聖人賢人の心法は、敬を以て要とし給ふ。凡身の行儀作法なく、道を失ひ、禍おこるも、皆敬まざるによれり。古語にも敬めば、禍にかつといへり。つつしめば禍なし。白楽天が言に、福と禍とは慎むと慎まざるとに在りといへり。
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『五常訓』巻之四・礼一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ礼なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虚を執れども盈をとるが如く、虚に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつつしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつつしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。礼の本なり。
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『春秋左氏伝』僖公十一年 礼は国の幹十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。
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『春秋左氏伝』成公十三年 礼は身の幹十三年春、晉侯郤錡をして來りて師を乞はしむ。事を將ふに敬せず。孟獻子曰く、「郤氏其れ亡びんか。禮は身の幹なり。敬は身の基なり。郤子基無し。且つ先君の嗣卿なり。命を受けて以って師を求む、將に社稷を是れ衛らんとするなり。而るに惰りて君命を棄つ。亡びずして何をか為さん」と。
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『五常訓』巻之四・礼一礼は心につつしみありて、人をうやまふを本とし、万事を行ふに、則にしたがひて、正しく理あるを文とす。則とは作法なり。孝経に、礼は敬のみ。云ふ意は、礼は敬を専らとす。而已とは、此外には無しと云ふ詞なり。朱子曰く、礼の本は人を敬ふに在り。人をうやまふは、心のつつしみより起る。人を敬ふも、其人をあはれむ心より出づる故朱子も、礼は仁のあらはれたる也といへり。礼記曰、礼は理也。周子曰く、理を礼と曰ふ、理はすぢめなり。すぢめとは、万事を行ふに、各正しき則ありて、其則にちがはざるは、即理なり。理にしたがへば、万事正しくしてをさまる。理にしたがはざれば、万事邪にして、みだれて行はれず。朱子曰、礼は天理の節文、人事の儀則なり。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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