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春秋左氏伝 / 僖公十一年 礼は国の幹

十一年春,晉侯使以丕鄭之亂來告。天王使召武公、內史過賜晉侯命。受玉惰。過歸告王曰:「晉侯其無後乎!王賜之命,而惰於受瑞,先自棄也已,其何繼之有?禮,國之幹也;敬,禮之輿也。不敬則禮不行,禮不行則上下昏,何以長世?」夏,揚、拒、泉、皋、伊雒之戎同伐京師,入王城,焚東門,王子帶召之也。秦晉伐戎以救周。秋,晉侯平戎于王。黃人不歸楚貢。冬,楚人伐黃。

新字:十一年春,晋侯使以丕鄭之乱来告。天王使召武公、内史過賜晋侯命。受玉惰。過帰告王曰:「晋侯其無後乎!王賜之命,而惰於受瑞,先自棄也已,其何継之有?礼,国之幹也;敬,礼之輿也。不敬則礼不行,礼不行則上下昏,何以長世?」夏,揚、拒、泉、皋、伊雒之戎同伐京師,入王城,焚東門,王子帯召之也。秦晋伐戎以救周。秋,晋侯平戎于王。黄人不帰楚貢。冬,楚人伐黄。

書き下し

十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。

現代語訳

十一年の春、晋侯(恵公)は使者を送って、丕鄭の乱のことを魯に知らせてきた。天王(周の襄王)は召の武公と内史の過を遣わして、晋侯に諸侯としての任命を与えた。晋侯は任命のしるしの玉を受け取るとき、態度がだらしなかった。内史過は帰って王に報告した。「晋侯には跡継ぎが続かないのではないでしょうか。王が任命を与えたのに、しるしの玉を受ける態度が怠慢でした。これは自分から自分を棄てているのであって、どうして後を継ぐ者がありましょう。礼は国の幹であり、敬は礼を載せて運ぶ車です。敬がなければ礼は行われず、礼が行われなければ上下の区別が乱れます。それでどうして長く代を保てましょう」。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎がそろって周の都を攻め、王城に入って東門を焼いた。王子帯(襄王の弟)が戎を呼び込んだのである。秦と晋が戎を攻めて周を救った。秋、晋侯は戎と王との間を取り持って和睦させた。黄の人々が楚への貢ぎ物を納めなかった。冬、楚が黄を攻めた。

解説

晋の恵公が周王から諸侯としての任命を受ける儀式で、しるしの玉を受け取る所作がだらしなかった。立ち会った内史過はそれだけを見て「晉侯其れ後無からんか」、この人の家系は続かないと断じる。理由として挙げるのが「禮は國の幹なり。敬は禮の輿なり」という言葉である。礼は国を支える幹であり、敬う心はその礼を運ぶ車である。心がこもらなければ形式としての礼すら動かず、上下の秩序がぼやける。儀式の一瞬の態度に人柄と国の行く末を読むのは、左伝がくり返し用いる見方で、実際に恵公の子の懐公は短命に終わる。後半では王子帯が戎を招いて都を焼かせ、王室の内紛が深刻になっていく。形式を軽んじる態度は、形式そのものより、それを支える敬意の欠如を示す。式典や挨拶といった場で何が見られているのかを考えさせる一句である。

この章句が説くこと

礼敬儀礼人物観察秩序

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