春秋左氏伝 / 成公十三年 礼は身の幹
十三年春。晉侯使郤錡來乞師。將事不敬。孟獻子曰。郤氏其亡乎。禮。身之幹也。敬。身之基也。郤子無基。且先君之嗣卿也。受命以求師。將社稷是衛。而惰棄君命也。不亡何為。
新字:十三年春。晋侯使郤錡来乞師。将事不敬。孟献子曰。郤氏其亡乎。礼。身之幹也。敬。身之基也。郤子無基。且先君之嗣卿也。受命以求師。将社稷是衛。而惰棄君命也。不亡何為。
書き下し
十三年春、晉侯郤錡をして來りて師を乞はしむ。事を將ふに敬せず。孟獻子曰く、「郤氏其れ亡びんか。禮は身の幹なり。敬は身の基なり。郤子基無し。且つ先君の嗣卿なり。命を受けて以って師を求む、將に社稷を是れ衛らんとするなり。而るに惰りて君命を棄つ。亡びずして何をか為さん」と。
現代語訳
十三年の春、晋侯(晋の厲公)は郤錡(げきき、郤克の子で晋の卿)を魯に遣わして出兵を求めさせた。郤錡は使命を果たすにあたって慎みがなかった。孟献子(仲孫蔑、魯の卿)は言った。「郤氏は滅びるであろう。礼は身の幹であり、敬は身の土台である。郤子には土台がない。しかも彼は先君に仕えた卿の後継ぎである。君命を受けて援軍を求めに来たのは、国家を守ろうとするためである。それなのに怠って君命をないがしろにしている。滅びずに何とするのか」。
解説
晋が秦を討つにあたり、郤錡を魯に派遣して援軍を求めた。その態度が慎みを欠いていたのを見て、魯の孟献子が郤氏の滅亡を予言する短い一条である。「禮は身の幹なり、敬は身の基なり」という対句が読みどころで、礼を木の幹に、敬を建物の基礎にたとえている。礼は外に現れる形、敬はそれを支える内心であり、基礎がなければ幹は立たない。孟献子が問題にしたのは、郤錡個人の無作法だけではない。彼は父祖の地位を継いだ卿であり、国の存亡にかかわる使命を帯びている。その使命を怠るのは、君命を棄てることだと見た。郤氏は実際、数年後の成公十七年に三郤そろって誅滅される。左伝はこうした予言を繰り返し書くが、そこにあるのは占いではなく、態度から行く末を推す人物観察である。任された役目を軽く扱う姿は、周囲から思いのほかよく見られている。
この章句が説くこと
礼敬使命後継者予見
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公十一年 礼は国の幹十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。
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『慎思録』巻之四君子は礼楽を以て修身の本と為す。礼楽に本有り文有り。是れ礼楽の本を指して言ふ。斯須も身を去るべからざる所以なり。蓋し礼は恭敬を以て本と為し、楽は和楽を以て本と為す。文有る者は其の末なり。礼楽を以て身を修むる者は、須らく恭敬和楽並び行はれて、相悖らざるべし。文の如き者は、又其の助けなり。固より其の助け無かるべからざるなり。而れども之を以て専務と為すべからず。
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論語・八佾篇子曰く、上に居て寛ならず、礼を為して敬せず、喪に臨みて哀しまずんば、吾何を以て之を観んや。
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