五常訓 / 巻之四・礼
一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ禮なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虛を執れども盈をとるが如く、虛に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつゝしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつゝしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。禮の本なり。
新字:一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ礼なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虚を執れども盈をとるが如く、虚に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつゝしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつゝしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。礼の本なり。
書き下し
一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ礼なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虚を執れども盈をとるが如く、虚に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつつしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつつしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。礼の本なり。
現代語訳
君子は天地を畏れ敬います。ゆえに大風・大雨・激しい雷などのときは、容儀を改めて、夜は起きて衣服を着て座ります。これは天の怒りを敬う礼です。これもまた天にお仕えする道の一端です。『礼記』少儀篇に「空の器を持っても満ちた器を持つようにし、空の部屋に入っても人がいるようにする」とあります。その意味は、中に物のない器を取るにも、満ちていてこぼれやすい器を取るように、畏れ慎むべきだということです。人のいない家に入るにも、人がいるように慎むべきです。これは敬の心が常にあることをいいます。礼の本です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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