山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
玉藻曰、寢恒東首すといへり。東方は生氣の方なれば、是を以て首にする也。曲禮曰、寢毋伏。論語寢不尸といへり。是皆寢臥の形に怠慢のすがたを不見也。起臥は四支百躰屈伸也。天地に時ない、今日の事物交接、勞逸に從て其節を守るべし。不然ときは、情欲にまかせて必ず放逸懶惰におち入、夙に興るの禮やみ、夜に寢るの法すたれて、夜を以晝とし、晝を以て夜とす。政事こゝに廢し、身躰の養こゝに失す。尤も可愼也。
新字:玉藻曰、寝恒東首すといへり。東方は生気の方なれば、是を以て首にする也。曲礼曰、寝毋伏。論語寝不尸といへり。是皆寝臥の形に怠慢のすがたを不見也。起臥は四支百体屈伸也。天地に時ない、今日の事物交接、労逸に従て其節を守るべし。不然ときは、情欲にまかせて必ず放逸懶惰におち入、夙に興るの礼やみ、夜に寝るの法すたれて、夜を以昼とし、昼を以て夜とす。政事こゝに廃し、身体の養こゝに失す。尤も可慎也。
書き下し
玉藻曰、寝恒東首すといへり。東方は生気の方なれば、是を以て首にする也。曲礼曰、寝毋伏。論語寝不尸といへり。是皆寝臥の形に怠慢のすがたを不見也。起臥は四支百体屈伸也。天地に時ない、今日の事物交接、労逸に従て其節を守るべし。不然ときは、情欲にまかせて必ず放逸懶惰におち入、夙に興るの礼やみ、夜に寝るの法すたれて、夜を以昼とし、昼を以て夜とす。政事こゝに廃し、身体の養こゝに失す。尤も可慎也。
現代語訳
玉藻篇に「寝るときは常に東を頭にする」とある。東方は生気の方角なので、これを頭にするのである。曲礼篇に「寝るときはうつぶせにならない」とあり、『論語』に「寝るときは死体のように手足を伸ばしきらない」とある。これらはみな、寝る姿に怠けた姿を見せないということである。起きることと寝ることは、手足と全身の屈伸である。天地の時に従い、その日の物事との関わりや、労と逸に従って、その節度を守るべきである。そうでなければ、情欲にまかせて必ず放縦と怠惰に陥り、早起きの礼がやみ、夜寝る法が廃れて、夜を昼とし、昼を夜とするようになる。そうなれば政事はここに廃れ、身体の養いもここに失われる。最も慎むべきである。
解説
この章句が説くこと
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