山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
次に起之容あり。云心は、人平生の用、つとにおきて夜に寢るを以て節とす。內則曰、子事父母、鷄初鳴起とあり。是夙興の禮也。案ずるにつとに起るの節、唯夜明にして、燈を消して人面こゝに明に、用事可辨のときを以て節とす。是公私皆興て用こゝに可定の時也。出仕してこの節によろしからしめんとならば、鷄初て鳴の比より用意せしめずしては、此時に宜しかるべからず。故に古來夙に起るの節、各鷄初鳴の時を以てす。夜に寢るの制、大凡天既に暗くして用事辨じがたき時、外の事を止めて內に入るべし。而して從者下人を安居せしめ、我又四支を伸舒し、氣をゆるやかにして、屈伸を時なふべし。是夙興夜寢の制也。
新字:次に起之容あり。云心は、人平生の用、つとにおきて夜に寝るを以て節とす。内則曰、子事父母、鶏初鳴起とあり。是夙興の礼也。案ずるにつとに起るの節、唯夜明にして、灯を消して人面こゝに明に、用事可弁のときを以て節とす。是公私皆興て用こゝに可定の時也。出仕してこの節によろしからしめんとならば、鶏初て鳴の比より用意せしめずしては、此時に宜しかるべからず。故に古来夙に起るの節、各鶏初鳴の時を以てす。夜に寝るの制、大凡天既に暗くして用事弁じがたき時、外の事を止めて内に入るべし。而して従者下人を安居せしめ、我又四支を伸舒し、気をゆるやかにして、屈伸を時なふべし。是夙興夜寝の制也。
書き下し
次に起之容あり。云心は、人平生の用、つとにおきて夜に寝るを以て節とす。内則曰、子事父母、鶏初鳴起とあり。是夙興の礼也。案ずるにつとに起るの節、唯夜明にして、灯を消して人面こゝに明に、用事可弁のときを以て節とす。是公私皆興て用こゝに可定の時也。出仕してこの節によろしからしめんとならば、鶏初て鳴の比より用意せしめずしては、此時に宜しかるべからず。故に古来夙に起るの節、各鶏初鳴の時を以てす。夜に寝るの制、大凡天既に暗くして用事弁じがたき時、外の事を止めて内に入るべし。而して従者下人を安居せしめ、我又四支を伸舒し、気をゆるやかにして、屈伸を時なふべし。是夙興夜寝の制也。
現代語訳
次に起きる容がある。その意味は、人の日常の働きは、朝早く起きて夜に寝ることを節度とするということである。『礼記』内則篇に「子が父母に仕えるには、鶏が初めて鳴くと起きる」とある。これが早起きの礼である。考えるに、早く起きる頃合いとは、夜が明けて灯りを消しても人の顔がはっきり見え、用事がこなせるようになる時を節とする。これは公私ともにみな起きて、用事がそこで定まる時である。出仕してこの頃合いに間に合わせようとするなら、鶏が初めて鳴くころから支度をさせなければ、この時に間に合わない。だから古来、早起きの頃合いはどれも鶏が初めて鳴く時としている。夜寝る定めは、おおよそ空がすっかり暗くなって用事がこなしにくくなった時に、外の事をやめて内に入るべきである。そして従者や下人を休ませ、自分もまた手足を伸ばし、気をゆるめて、時に応じて身体を屈伸させるがよい。これが早起き夜寝の定めである。
解説
この章句が説くこと
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