山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
次に捧持の容あり。曲禮曰、授立不跪、授坐不立、凡奉者當心、提者當帶といへり。少儀曰、執虛如執盈。惣じて手に持つ所のもの、笏扇子の類と云とも、更に傾曲すべからず。况や君父に奉る所の文書器物、聊も腰より下へさぐべからざる也。手の形傾側するときは、所捧持不正して、或はこれがために身傾側し、或は捧持のものに足あたる。是甚無禮の至なり。大丈夫戰塲にのぞんで、劒戟を持し弓矢を携、皆捧持の形に非ずや。尤可愼也。
新字:次に捧持の容あり。曲礼曰、授立不跪、授坐不立、凡奉者当心、提者当帯といへり。少儀曰、執虚如執盈。惣じて手に持つ所のもの、笏扇子の類と云とも、更に傾曲すべからず。況や君父に奉る所の文書器物、聊も腰より下へさぐべからざる也。手の形傾側するときは、所捧持不正して、或はこれがために身傾側し、或は捧持のものに足あたる。是甚無礼の至なり。大丈夫戦塲にのぞんで、劒戟を持し弓矢を携、皆捧持の形に非ずや。尤可慎也。
書き下し
次に捧持の容あり。曲礼曰、授立不跪、授坐不立、凡奉者当心、提者当帯といへり。少儀曰、執虚如執盈。惣じて手に持つ所のもの、笏扇子の類と云とも、更に傾曲すべからず。況や君父に奉る所の文書器物、聊も腰より下へさぐべからざる也。手の形傾側するときは、所捧持不正して、或はこれがために身傾側し、或は捧持のものに足あたる。是甚無礼の至なり。大丈夫戦塲にのぞんで、劒戟を持し弓矢を携、皆捧持の形に非ずや。尤可慎也。
現代語訳
次に物を捧げ持つ容がある。曲礼篇に「立っている人に物を渡すときは跪かず、坐っている人に渡すときは立たない。およそ捧げ持つ物は胸の高さに、提げる物は帯の高さに」とある。少儀篇に「空の器を持つときも、満ちた器を持つようにする」とある。総じて手に持つ物は、笏や扇子の類であっても、決して傾け曲げてはならない。まして君父に差し上げる文書や器物は、少しでも腰より下へ下げてはならない。手の形が傾くと、捧げ持つ物が正しくならず、そのために身が傾いたり、捧げ持つ物に足が当たったりする。これははなはだしい無礼である。大丈夫が戦場に臨んで、刀や戟を持ち弓矢を携えるのも、みな捧げ持つ形ではないか。最も慎むべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一曲礼曰く、敬せざること毋かれ。凡人事の視聴言動より出づる処、万事敬しまざる事なかるべし。敬とは、心に道に違はん事をおそれて、恣ならざるを云ふ。是心をたもち、身ををさめ、事を行ふ則なり。是礼の本なり。古より、聖人賢人の心法は、敬を以て要とし給ふ。凡身の行儀作法なく、道を失ひ、禍おこるも、皆敬まざるによれり。古語にも敬めば、禍にかつといへり。つつしめば禍なし。白楽天が言に、福と禍とは慎むと慎まざるとに在りといへり。
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『五常訓』巻之四・礼一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ礼なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虚を執れども盈をとるが如く、虚に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつつしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつつしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。礼の本なり。
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『五常訓』巻之四・礼一礼は心につつしみありて、人をうやまふを本とし、万事を行ふに、則にしたがひて、正しく理あるを文とす。則とは作法なり。孝経に、礼は敬のみ。云ふ意は、礼は敬を専らとす。而已とは、此外には無しと云ふ詞なり。朱子曰く、礼の本は人を敬ふに在り。人をうやまふは、心のつつしみより起る。人を敬ふも、其人をあはれむ心より出づる故朱子も、礼は仁のあらはれたる也といへり。礼記曰、礼は理也。周子曰く、理を礼と曰ふ、理はすぢめなり。すぢめとは、万事を行ふに、各正しき則ありて、其則にちがはざるは、即理なり。理にしたがへば、万事正しくしてをさまる。理にしたがはざれば、万事邪にして、みだれて行はれず。朱子曰、礼は天理の節文、人事の儀則なり。
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『春秋左氏伝』成公十三年 礼は身の幹十三年春、晉侯郤錡をして來りて師を乞はしむ。事を將ふに敬せず。孟獻子曰く、「郤氏其れ亡びんか。禮は身の幹なり。敬は身の基なり。郤子基無し。且つ先君の嗣卿なり。命を受けて以って師を求む、將に社稷を是れ衛らんとするなり。而るに惰りて君命を棄つ。亡びずして何をか為さん」と。
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『春秋左氏伝』僖公十一年 礼は国の幹十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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