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山鹿語類 / 士道・愼容貌之動

子游爲武城宰、子曰、女得人焉爾乎、曰、有澹臺滅明者、行不由徑、非公事未嘗至於偃之室也。高柴自見孔子、足不履影、啓蟄不殺、方長不折、衞輙之難、出而門閉、或曰、此有徑、子羔曰、吾聞之君子不徑、此有竇、子羔曰、吾聞之君子不竇、有間使者至、門啓而出と也。是皆聖門の學、其動容をしるせる也。但行不由徑、不徑不竇と云は、聖人の戒にあらず。唯滅明子羔が得たる處の正しき也。聖人は徑より行くこともあり。竇より出ることもあるべし。舜の井を堀てひそかにぬけあなを致し、孔子の微服して、宋を過ぎ玉ふを以て可考也。故に朱子曰、不徑不竇、無事時可若有寇盜患難、如何守此以殘其軀、觀聖人微服過宋可見と注せり。

新字:子游為武城宰、子曰、女得人焉爾乎、曰、有澹台滅明者、行不由径、非公事未嘗至於偃之室也。高柴自見孔子、足不履影、啓蟄不殺、方長不折、衛輙之難、出而門閉、或曰、此有径、子羔曰、吾聞之君子不径、此有竇、子羔曰、吾聞之君子不竇、有間使者至、門啓而出と也。是皆聖門の学、其動容をしるせる也。但行不由径、不径不竇と云は、聖人の戒にあらず。唯滅明子羔が得たる処の正しき也。聖人は径より行くこともあり。竇より出ることもあるべし。舜の井を堀てひそかにぬけあなを致し、孔子の微服して、宋を過ぎ玉ふを以て可考也。故に朱子曰、不径不竇、無事時可若有寇盗患難、如何守此以残其躯、観聖人微服過宋可見と注せり。

書き下し

子游為武城宰、子曰、女得人焉爾乎、曰、有澹台滅明者、行不由径、非公事未嘗至於偃之室也。高柴自見孔子、足不履影、啓蟄不殺、方長不折、衛輙之難、出而門閉、或曰、此有径、子羔曰、吾聞之君子不径、此有竇、子羔曰、吾聞之君子不竇、有間使者至、門啓而出と也。是皆聖門の学、其動容をしるせる也。但行不由径、不径不竇と云は、聖人の戒にあらず。唯滅明子羔が得たる処の正しき也。聖人は径より行くこともあり。竇より出ることもあるべし。舜の井を堀てひそかにぬけあなを致し、孔子の微服して、宋を過ぎ玉ふを以て可考也。故に朱子曰、不径不竇、無事時可若有寇盗患難、如何守此以残其躯、観聖人微服過宋可見と注せり。

現代語訳

『論語』に「子游が武城の宰(長官)となった。孔子が『おまえはそこで人物を得たか』と尋ねると、子游は『澹台滅明という者がいます。道を行くのに近道を通らず、公の用でなければ一度も私の部屋に来たことがありません』と答えた」とある。また『孔子家語』などに「高柴(子羔)は孔子に会ってから、人の影を踏まず、冬ごもりから出た虫を殺さず、伸び盛りの草木を折らなかった。衛の出公輒の乱のとき、城を出ようとすると門が閉まっていた。ある者が『ここに近道があります』と言うと、子羔は『君子は近道をしないと聞いている』と言い、『ここに穴があります』と言うと、『君子は穴をくぐらないと聞いている』と言った。しばらくして使者が来て、門が開いて出た」とある。これらはみな孔子門下の学が、その立ち居振る舞いを記したものである。ただし「行くに径に由らず」「径せず竇せず」というのは、聖人の戒めではない。ただ澹台滅明と子羔とが身につけたところが正しかったというだけである。聖人は近道から行くこともあり、穴から出ることもあるはずである。舜が井戸を掘ってひそかに抜け穴を作ったこと、孔子が身なりを変えて宋を通り過ぎられたことで考えるべきである。だから朱子は「近道をせず穴をくぐらないのは、事のない時はそれでよい。もし盗賊や災難があるときに、どうしてこれを守って我が身を損なうことがあろうか。聖人が微服して宋を過ぎたことを見ればわかる」と注している。

解説

本条は、近道をしない澹台滅明と、乱の中でも抜け道や穴をくぐらなかった子羔の逸話を引き、孔子門下の律儀な動容を称える。しかし素行はすぐに、それは聖人の戒めではないと釘を刺す。舜が井戸から抜け穴で逃れ、孔子が微服して宋を過ぎたように、非常時には聖人も近道も穴も使う。朱子の注を引き、平時の節度を危難の時まで杓子定規に守って身を滅ぼすのは愚かだという。礼を重んじながら時と場合をはかる「時宜」を貫くのが素行の礼論である。現代でも、ルールを守る誠実さは尊いが、緊急時に規則にこだわって人命や大事を損なってはならない。

この章句が説くこと

時宜礼節度聖人朱子論語

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