山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
人の所に至らんには、門前の傍より下馬して、容貌をかいつくろい、案內を窺ふべし。從者にあらかじめ戒めて、漫に往來し、門前に坐し、高談笑語あらしむべからず。饑渴に因て押して人家に入て湯水を飮、店屋に入て酒食をなすこと、甚戒しめて其制を可定。夜陰に徃來せんには、燈を前後にして路人をさけしめ、非常を禁ず。暗きときは聲を以て人をさけしむ。家宅に至らんにも、先づ人を發して案內をしらしめて可皈。俄に往來するときは、內外必ず不調の失あり。是各道路往來の容也。唯恭敬を存し其用法を詳にして、具に其制を定むべし。不然ときは、必ず非常の變あらんには、威儀こゝに失して、大丈夫のまことを可失。出門如見大賓と云、出門如見敵と云、各是敬を存してみだりなるを可戒也。
新字:人の所に至らんには、門前の傍より下馬して、容貌をかいつくろい、案内を窺ふべし。従者にあらかじめ戒めて、漫に往来し、門前に坐し、高談笑語あらしむべからず。饑渇に因て押して人家に入て湯水を飲、店屋に入て酒食をなすこと、甚戒しめて其制を可定。夜陰に往来せんには、灯を前後にして路人をさけしめ、非常を禁ず。暗きときは声を以て人をさけしむ。家宅に至らんにも、先づ人を発して案内をしらしめて可皈。俄に往来するときは、内外必ず不調の失あり。是各道路往来の容也。唯恭敬を存し其用法を詳にして、具に其制を定むべし。不然ときは、必ず非常の変あらんには、威儀こゝに失して、大丈夫のまことを可失。出門如見大賓と云、出門如見敵と云、各是敬を存してみだりなるを可戒也。
書き下し
人の所に至らんには、門前の傍より下馬して、容貌をかいつくろい、案内を窺ふべし。従者にあらかじめ戒めて、漫に往来し、門前に坐し、高談笑語あらしむべからず。饑渇に因て押して人家に入て湯水を飲、店屋に入て酒食をなすこと、甚戒しめて其制を可定。夜陰に往来せんには、灯を前後にして路人をさけしめ、非常を禁ず。暗きときは声を以て人をさけしむ。家宅に至らんにも、先づ人を発して案内をしらしめて可皈。俄に往来するときは、内外必ず不調の失あり。是各道路往来の容也。唯恭敬を存し其用法を詳にして、具に其制を定むべし。不然ときは、必ず非常の変あらんには、威儀こゝに失して、大丈夫のまことを可失。出門如見大賓と云、出門如見敵と云、各是敬を存してみだりなるを可戒也。
現代語訳
人の家に行くときは、門前の脇で馬を下り、容貌を整えて、取り次ぎを請うべきである。従者にはあらかじめ戒めて、むやみに行き来したり、門前に坐り込んだり、大声で話し笑ったりさせてはならない。飢えや渇きのために人家に押し入って湯水を飲んだり、店に入って酒食をしたりすることは、厳しく戒めて定めを設けるべきである。夜に往来するときは、灯りを前後にともして通行人をよけさせ、非常を防ぐ。暗いときは声をかけて人をよけさせる。自宅に帰り着くときも、まず人を先に出して知らせてから帰るべきである。急に行き来すると、内でも外でも必ず準備が整わない失敗がある。これらがそれぞれ道路往来の容である。ただ恭しく敬う心を保ち、その用い方を詳しくして、具体的に定めを決めておくべきである。そうでなければ、非常の変事があったとき、必ず威儀を失い、大丈夫としての誠を失うことになる。『論語』に「門を出ては大切な客に会うようにする」と言い、また「門を出ては敵に会うようにする」と言うのは、どちらも敬を保ってみだりなことを戒めたものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・敬は人を擇ばず、事を擇ばず、時を擇ばず或ひと敬の道を問ふ。曰く、「外面整齊嚴肅、内面齊莊中正なるは、是れ靜時涵養底の敬なり。書を讀めば則ち心讀む所に在り、事を治むれば則ち心治むる所に在るは、是れ主一無適底の敬なり。門を出づれば大賓を見るがごとく、民を使ふには大祭を承くるがごとくなるは、是れ隨事小心底の敬なり」と。或ひと曰く、「若し笑談歌詠、宴息造次の時ならば、恐らくは是くのごとくんば則ち矜持して泰然ならざらん」と。曰く、「敬は端嚴を以て體と為し、虛活を以て用と為し、正を離れざるを以て主と為す。齋日に衣冠して寢ぬるは、祭る所の者を夢寐すればなり。齋せざるの寢は、則ち衣を解き冕を脫ぐ。未だ衣冕を釋きて敬を持する者有らず。然り而して心邪僻に流れず、事道義に詭らざれば、則ち其の敬為るを害せず。君若し專ら端嚴の上に去きて敬を求めば、則ち鋤を荷ひ畚を負ひ、轡を執り車を御し、鄙事賤役、古の聖賢も皆之を為せり。豈に能く日日手容恭しく足容重からんや。又孔子の肱を曲げ掌を指し、及び居るに容らざる、點の沂に浴するがごときも、何ぞ其の敬為るを害せんや。大端心と正と依り、事と道と合へば、端嚴に拘拘たらずと雖も、其の敬為るを害せず。苟くも心千里に游び、意百欲を逐ひて、此の身は卻つて兀然として端嚴に此に在らば、這れは敬なりや否や。譬へば謹んで避け深く藏れ、燭を秉り珮を鳴らし、緩やかに步み輕く聲するは、女教の『内則』原と是くのごとし。貞信を養ふ所以なり。若し饁婦汲妻及び顛沛奔走の際に當たらば、自ら是れ迴避し得ず。然り而して貞信の守は深藏謹避する者と同じ。是れ何ぞ其の女教為るを害せんや。是の故に敬は人を擇ばず、敬は事を擇ばず、敬は時を擇ばず、敬は地を擇ばず。只だ個の心と正と依り、事と道と合ふを要するのみ」と。
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『呻吟語』内篇・修身・苟を反して敬と為す敬なる者は、苟せざるの謂ひなり。故に苟を反して敬と為す。
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『呻吟語』内篇・存心・只だ敬と怠の兩字に系る天下國家の存亡、身の生死は、只だ「敬」「怠」の兩字に系る。敬すれば則ち慎み、慎めば則ち百務脩まり舉がる。怠れば則ち苟くもし、苟くもすれば則ち萬事隳れ頹る。天子より以て庶人に至るまで、此くのごとくならざるは莫し。此れ千古の聖賢の兢兢たる所にして、世人の必ず由る所なり。
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尚書・太甲下惟れ天は親しむこと無く、克く敬する惟れ親しむ。民は常に懐くこと罔く、仁有るに懐く。
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『呻吟語』内篇・談道・敬肆は死生の關敬肆は死生の關なり。
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『呻吟語』内篇・修身・勤慎は敬の謂ひなり甚麼か此の字を降伏し得ん。曰く勤慎なり。勤慎なる者は、敬の謂ひなり。
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