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和俗童子訓 / 巻之五・教女子法

一婦人は人に事ふるものなり。家に居ては父母に事へ、人に嫁しては舅姑夫に事ふるに、愼みて背かざるを道とす。もろこしの曹大家が言にも、敬順の道は婦人の禮なりと云へり。然れば女は敬順の二を常に守るべし。敬とはつゝしむなり、順はしたがふなり。つゝしむとは恐れて恣ならざるを云ふ。つゝしみにあらざれば、和順の道も行ひ難し。およそ女の道は順を尊ぶ。順の行はるゝは、ひとへに愼むよりおこれり。詩經に、戰々とつゝしみ、兢々とおそれて、深き淵に臨むが如く、薄き氷を履むが如しと云へるは、恐れ愼むの心をかたどりて云へり。愼みて恐るゝ心持、斯の如くなるべし。

新字:一婦人は人に事ふるものなり。家に居ては父母に事へ、人に嫁しては舅姑夫に事ふるに、慎みて背かざるを道とす。もろこしの曹大家が言にも、敬順の道は婦人の礼なりと云へり。然れば女は敬順の二を常に守るべし。敬とはつゝしむなり、順はしたがふなり。つゝしむとは恐れて恣ならざるを云ふ。つゝしみにあらざれば、和順の道も行ひ難し。およそ女の道は順を尊ぶ。順の行はるゝは、ひとへに慎むよりおこれり。詩経に、戦々とつゝしみ、兢々とおそれて、深き淵に臨むが如く、薄き氷を履むが如しと云へるは、恐れ慎むの心をかたどりて云へり。慎みて恐るゝ心持、斯の如くなるべし。

書き下し

一婦人は人に事ふるものなり。家に居ては父母に事へ、人に嫁しては舅姑夫に事ふるに、慎みて背かざるを道とす。もろこしの曹大家が言にも、敬順の道は婦人の礼なりと云へり。然れば女は敬順の二を常に守るべし。敬とはつつしむなり、順はしたがふなり。つつしむとは恐れて恣ならざるを云ふ。つつしみにあらざれば、和順の道も行ひ難し。およそ女の道は順を尊ぶ。順の行はるるは、ひとへに慎むよりおこれり。詩経に、戦々とつつしみ、兢々とおそれて、深き淵に臨むが如く、薄き氷を履むが如しと云へるは、恐れ慎むの心をかたどりて云へり。慎みて恐るる心持、斯の如くなるべし。

現代語訳

女性は人に仕えるものです。家にいては父母に仕え、嫁いでは舅・姑・夫に仕えるのに、慎んで背かないことを道とします。中国の曹大家(班昭)の言葉にも「敬順の道は婦人の礼である」とあります。ですから女性は敬と順の二つを常に守りなさい。敬とは慎むことで、順とは従うことです。慎むとは、恐れて勝手気ままにしないことを言います。慎みがなければ、和順の道も行いにくいのです。およそ女の道は順を尊びます。順が行われるのは、ひとえに慎むことから起こるのです。詩経に「戦々と慎み、兢々と恐れて、深い淵に臨むように、薄い氷を踏むように」とあるのは、恐れ慎む心をかたどって言ったものです。慎んで恐れる心持ちは、このようであるべきです。

解説

女性の道を「敬」と「順」にまとめた条です。後漢の班昭(曹大家)が娘たちのために書いた女誡の「敬順の道は婦人の大礼なり」を引き、敬は慎むこと、順は従うことだと説きます。さらに詩経小雅の「戦戦兢兢として、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し」を引いて、慎みの心持ちを示しています。この句は論語で曽子が臨終に引いた言葉としても知られ、本来は男女を問わず身を慎む心構えを表すものです。気を緩めず丁寧に物事に当たる姿勢として読めば、今の仕事にも通じます。

この章句が説くこと

敬順慎み詩経女誡

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