言志四録 / 言志晩録 第八十条 震艮の工夫は一に帰す
艮其背不獲其身。行其庭不見其人。敬以存誠也。震驚百里。不喪匕鬯。誠以行敬也。震艮正倒。工夫歸於一。
新字:艮其背不獲其身。行其庭不見其人。敬以存誠也。震驚百里。不喪匕鬯。誠以行敬也。震艮正倒。工夫帰於一。
書き下し
「其の背に艮まりて其の身を獲ず。其の庭に行きて其の人を見ず」とは、敬以て誠を存するなり。「震は百里を驚かせども、匕鬯を喪はず」とは、誠以て敬を行ふなり。震と艮とは正倒なれども、工夫は一に帰す。
現代語訳
「その背に止まって自分の身を意識せず、その庭を歩いてもそこにいる人を見ない」(『易経』艮卦)とは、敬によって誠を保つことである。「雷鳴が百里四方を驚かせても、祭祀の匙と香り酒を取り落とさない」(『易経』震卦)とは、誠によって敬を行うことである。震と艮とは卦の形がちょうど上下逆さまであるが、修養の工夫は一つに帰着する。
解説
『易経』の艮卦と震卦を引き、静と動の修養が一つであることを示した条です。艮は「止まる」卦で、背中のように欲の動かないところに心を止め、外の物にとらわれない境地を言います。一斎はこれを、敬(つつしみ)によって誠を内に保つ工夫と読みます。震は「雷」の卦で、百里を驚かす雷鳴の中でも祭器を落とさない沈着さを言い、こちらは誠によって敬を外に行う工夫です。震と艮は爻の並びが上下正反対ですが、静に守るか動に行うかの違いにすぎず、根は同じだというのです。宋学以来の「敬」の工夫を易で裏づける一斎らしい読みです。平時の落ち着きと非常時の沈着さは、別々に鍛えるものなのかを考えさせます。
この章句が説くこと
敬誠易経静と動修養
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