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山鹿語類 / 士道・愼容貌之動

我このむことありと云て、火急に不行もの也。心にかなはざると云て、急に不可去。是少儀所出、毋拔來、毋報往と云の心也。朱子曰、拔報皆疾也、しかるときは、常に行步をつゝしみ、其容をみだらず、敬を存すべし。たとへ急事ありと云て、あはてゝものせんは、大丈夫の心にあらず。少儀曰。入虛如有人と云へる心、不可忘也。但君父の間に事あらんには、足不蹈實地の思入あるべし。

新字:我このむことありと云て、火急に不行もの也。心にかなはざると云て、急に不可去。是少儀所出、毋抜来、毋報往と云の心也。朱子曰、抜報皆疾也、しかるときは、常に行歩をつゝしみ、其容をみだらず、敬を存すべし。たとへ急事ありと云て、あはてゝものせんは、大丈夫の心にあらず。少儀曰。入虚如有人と云へる心、不可忘也。但君父の間に事あらんには、足不蹈実地の思入あるべし。

書き下し

我このむことありと云て、火急に不行もの也。心にかなはざると云て、急に不可去。是少儀所出、毋抜来、毋報往と云の心也。朱子曰、抜報皆疾也、しかるときは、常に行歩をつゝしみ、其容をみだらず、敬を存すべし。たとへ急事ありと云て、あはてゝものせんは、大丈夫の心にあらず。少儀曰。入虚如有人と云へる心、不可忘也。但君父の間に事あらんには、足不蹈実地の思入あるべし。

現代語訳

自分に好むことがあるからといって、慌ただしく行くものではない。気に入らないからといって、急に立ち去ってはならない。これが少儀篇に出る「抜けるように来てはならない、すぐさま去ってはならない」の意味である。朱子は「抜・報はともに速いことである」と言っている。それゆえ常に歩みを慎み、その容を乱さず、敬を保つべきである。たとえ急な事があるといっても、慌ててふるまうのは大丈夫の心ではない。少儀篇に「空の部屋に入るときも、人がいるかのようにする」とある心を忘れてはならない。ただし君父の身に事があるときは、足が地を踏まないほどの思いで駆けつけるべきである。

解説

本条は歩みの心構えをまとめる。好きな所へは飛ぶように行き、気に入らなければさっと立ち去る、という好悪のままの動きを『礼記』少儀の「抜来報往するなかれ」で戒め、急な用でも慌てず敬を保てという。空の部屋にも人がいるように入れ、という句は、人目のないところでの慎みである。ただし君父の大事には地を踏む間もなく駆けよ、と例外を明記するところに、形式に縛られず軽重をはかる素行の現実感覚がある。現代でも、好き嫌いで動きの速さが変わる人は周りに見透かされる。一方で本当に大事なときには、作法より先に駆けつける判断が要る。

この章句が説くこと

行歩敬節度大丈夫少儀朱子

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