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慎思録 / 巻之六

書曰。王敬作所。言無徃而不居敬也。學者常當如此。又須以樂作所。則動靜語默。出入起居。無徃而不居樂。須敬與樂並行而不相悖。而可也。然而可先敬而後樂。苟不敬而先樂。則必流而爲放縱矣。年老無外事者。可不忘以樂作所。葢從容悠緩。是老年之宜也。然而詩曰。好樂勿荒。良士瞿瞿。

新字:書曰。王敬作所。言無往而不居敬也。学者常当如此。又須以楽作所。則動静語黙。出入起居。無往而不居楽。須敬与楽並行而不相悖。而可也。然而可先敬而後楽。苟不敬而先楽。則必流而為放縦矣。年老無外事者。可不忘以楽作所。葢従容悠緩。是老年之宜也。然而詩曰。好楽勿荒。良士瞿瞿。

書き下し

書に曰く、王敬して所と作すと。往くとして敬に居らざること無きを言ふなり。学者常に当に此くの如くすべし。又須らく楽を以て所と作すべし。則ち動静語黙、出入起居、往くとして楽に居らざること無し。須らく敬と楽と並び行はれて相悖らずして可なり。然り而して敬を先にして楽を後にすべし。苟も敬せずして楽を先にすれば、則ち必ず流れて放縦と為る。年老いて外事無き者は、楽を以て所と作すことを忘れざるべし。蓋し従容悠緩は、是れ老年の宜なり。然り而して詩に曰く、楽しみを好むも荒むこと勿かれ、良士は瞿瞿たりと。

現代語訳

『書経』に「王は敬を住まいとせよ」とあります。どこへ行っても敬に身を置かないことはないという意味です。学ぶ者は常にこうあるべきです。また楽しみを住まいとしなければなりません。そうすれば動くときも静かなときも、話すときも黙るときも、出入りや起き伏しのどの場面でも、楽しみに身を置かないことはありません。敬と楽しみがともに行われて互いに背かないようにすべきです。しかし敬を先にし、楽しみを後にすべきです。もし敬なしに楽しみを先にすれば、必ず流れて気ままになります。年老いて外の仕事のない者は、楽しみを住まいとすることを忘れてはいけません。思うにゆったりとくつろぐのは老年にふさわしいことです。しかし『詩経』に「楽しみを好んでも荒んではならない。良き士はつつしみ深い」とあります。

解説

敬を住まいとし、楽しみも住まいとして、両者を並べ行うことを説いた条です。「王敬作所」は『書経』召誥篇の語です。朱子学は敬を修養の中心としましたが、益軒は『楽訓』を著すほど楽しみを重んじ、敬と楽の両立を説きました。ただし順序は敬が先で、敬なき楽は放縦に流れます。結びの句は『詩経』唐風・蟋蟀です。老後はゆったり楽しむのがよいと言いつつ節度を忘れないところに、八十代の益軒の実感がこもっています。

この章句が説くこと

老い節度楽訓

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