山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
次に顏色辭氣の用は、志に從て其顏色あらはれ、辭氣たがふものなれば、志を正しくするを以て敎へとす。容貌は各內の思によるといへども、中にも顏色は五臟の發見する處、辭氣は血氣の動靜によることなれば、是を正しうすること志にありぬべし。容經曰、志有四興、朝廷之志、淵然清以嚴、祭祀之志、諭然思以和、軍旅之志、怫然慍然精以厲、喪紀之志、漻然愁然憂以湫、四志形中、四色發外、維如志色之經。少儀曰、優游喜樂者、鐘皷之色、愀然清靜者、縗經之色、勃然充滿者、兵革之色、臨喪則必有哀色、介冑則有不可犯之色、故君子戒愼不失色於人と出たり。
新字:次に顔色辞気の用は、志に従て其顔色あらはれ、辞気たがふものなれば、志を正しくするを以て教へとす。容貌は各内の思によるといへども、中にも顔色は五臓の発見する処、辞気は血気の動静によることなれば、是を正しうすること志にありぬべし。容経曰、志有四興、朝廷之志、淵然清以厳、祭祀之志、諭然思以和、軍旅之志、怫然慍然精以厲、喪紀之志、漻然愁然憂以湫、四志形中、四色発外、維如志色之経。少儀曰、優游喜楽者、鐘鼓之色、愀然清静者、縗経之色、勃然充満者、兵革之色、臨喪則必有哀色、介冑則有不可犯之色、故君子戒慎不失色於人と出たり。
書き下し
次に顔色辞気の用は、志に従て其顔色あらはれ、辞気たがふものなれば、志を正しくするを以て教へとす。容貌は各内の思によるといへども、中にも顔色は五臓の発見する処、辞気は血気の動静によることなれば、是を正しうすること志にありぬべし。容経曰、志有四興、朝廷之志、淵然清以厳、祭祀之志、諭然思以和、軍旅之志、怫然慍然精以厲、喪紀之志、漻然愁然憂以湫、四志形中、四色発外、維如志色之経。少儀曰、優游喜楽者、鐘鼓之色、愀然清静者、縗経之色、勃然充満者、兵革之色、臨喪則必有哀色、介冑則有不可犯之色、故君子戒慎不失色於人と出たり。
現代語訳
次に顔色と辞気の用である。志に従って顔色が表れ、辞気(言葉と息づかい)も変わるものなので、志を正しくすることを教えとする。容貌はどれも内の思いによるとはいえ、中でも顔色は五臓の働きが表れるところ、辞気は血気の動き静まりによるものだから、これを正しくするのは志にかかっている。『容経』に「志には四つの起こりがある。朝廷の志は、淵然として清く厳か。祭祀の志は、諭然として思い深く和やか。軍旅の志は、怫然・慍然として精しく激しい。喪紀の志は、漻然・愁然として憂い沈む。四つの志が内に形づくられ、四つの色が外に発する。これが志と色の筋道である」とある。『礼記』少儀篇には「ゆったりと楽しげなのは鐘鼓(音楽の場)の色、憂いを帯びて清らかに静かなのは喪服の色、勃然として気が満ちるのは兵革(いくさ)の色である。喪に臨めば必ず哀しみの色があり、甲冑を着ければ犯しがたい色がある。だから君子は戒め慎んで、人に対して色を失わない」とある。
解説
この章句が説くこと
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
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史記 刺客列伝高漸離名姓を変じて人の庸保と為り、宋子に匿れ作す。之を久しくして、作苦しく、其の家の堂上に客の筑を撃つを聞き、傍偟して去る能はず。毎に言を出だして曰く、「彼に善有り善ならざる有り」と。従者以て其の主に告げて曰く、「彼の庸は乃ち音を知り、竊かに是非を言ふ」と。家の丈人召して前に筑を撃たしむ。一坐善しと称し、酒を賜ふ。而して高漸離、久しく隠れて畏約すること窮まる時無きを念ひ、乃ち退きて、其の装匣の中の筑と其の善衣とを出だし、容貌を更めて前む。坐を挙げて客皆驚き、下りて与に抗礼し、以て上客と為す。筑を撃ちて歌はしむ。客流涕して去らざる者無し。宋子伝へて之を客とし、秦の始皇に聞こゆ。秦の始皇召し見る。人識る者有りて、乃ち曰く、「高漸離なり」と。秦の皇帝其の善く筑を撃つを惜しみ、重ねて之を赦し、乃ち其の目を矐す。筑を撃たしむるに、未だ嘗て善しと称せずんばあらず。稍く益々之に近づく。高漸離乃ち鉛を以て筑の中に置き、復た進みて近づくを得、筑を挙げて秦の皇帝を樸つ。中らず。是に於て遂に高漸離を誅し、身を終ふるまで復た諸侯の人に近づかず。魯句践已に荊軻の秦王を刺せしを聞き、私かに曰く、「嗟乎、惜しいかな其の刺剣の術を講ぜざりしや。甚だしいかな吾の人を知らざるや。曩者吾之を叱す。彼乃ち我を以て人に非ずと為せしならん」と。太史公曰く、世に荊軻を言ふに、其の太子丹の命を称して、「天粟を雨らし、馬角を生ず」とするや、太だ過ぎたり。又荊軻秦王を傷つくと言ふも、皆非なり。始め公孫季功・董生、夏無且と游び、具に其の事を知り、余の為に之を道ふこと是の如し。曹沫より荊軻に至るまで五人、此れ其の義或いは成り或いは成らず。然れども其の意を立つること較然として、其の志を欺かず、名後世に垂る。豈に妄ならんや。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「名を好むの人は、能く千乘の國を讓る。苟くも其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見わる。」
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