論語 / 公冶長篇
顏淵、季路侍。子曰:「盍各言爾志?」子路曰:「願車馬衣裘,與朋友共,敝之而無憾。」顏淵曰:「願無伐善,無施勞。」子路曰:「願聞子之志。」子曰:「老者安之,朋友信之,少者懷之。」
新字:顔淵、季路侍。子曰:「盍各言爾志?」子路曰:「願車馬衣裘,与朋友共,敝之而無憾。」顔淵曰:「願無伐善,無施労。」子路曰:「願聞子之志。」子曰:「老者安之,朋友信之,少者懐之。」
書き下し
顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」
現代語訳
顔淵と季路(子路)が(先生の)そばにいた。先生がおっしゃった。「それぞれ自分の志を言ってみてはどうかね。」子路が言った。「馬車や衣服や毛皮の上着を友達と共に使い、それがだめになっても恨まないようでありたいと思います。」顔淵が言った。「自分の善いところを誇らず、自分の苦労を大げさに言い立てないようでありたいと思います。」子路が言った。「先生の志をお聞かせください。」先生がおっしゃった。「老人には安心してもらい、友達には信頼してもらい、若者には慕ってもらいたいものだ。」
解説
三人の志が、そのまま三つの段階になっている。子路は自分の持ち物を手放すこと、顔淵は自分の内側の欲を抑えること、そして孔子は自分について何も語らなかった。孔子の答えには「私が」という主語が無い。老人、友人、若者という他者が、自分といてどうなるかだけが述べられている。志のかたちが、自分の行いから、周囲に生じる状態へと移っている。上に立つ者の目標設定として示唆的である。何を成し遂げるか、どんな人物になるかは自分の側の話だ。それに対して、自分がいることで周囲がどうなっているかは検証できる。安心されているか、信頼されているか、慕われているか。この三つは自己申告できない。相手の側にしか答えが無いからである。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
志他者信頼孔子目標
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