正法眼蔵随聞記 / 巻五
亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば學人も佛祖の道を得んと思はゞ、須く佛祖の道を好むへし、
新字:亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
書き下し
亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
現代語訳
また言われた。仙人があった。ある人が問うて言った。どのようにして仙を得るのですか、と。仙人が言った。仙を得ようと思うならば、仙の道を好むべきである、と。であるから学人も仏祖の道を得ようと思うならば、すべからく仏祖の道を好むべきである。
解説
問いと答えが同じ言葉を折り返しているだけに見えるが、そこが眼目である。得る方法を尋ねられて、その道を好めと答える。方法ではなく好むかどうかが分かれ目だという答え方で、志の切なさを説いた巻二の条と同じ趣旨が、極めて短い形で置かれている。
この章句が説くこと
志好む道方法仙学人
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