啓発録 / 跋
嗚呼如何セン吾身刀圭ノ家ニ生レ賤技ニ局々トシテ吾初年ノ志ヲ遂ル事ヲ不得ヲ然レドモ所業ハ此ニ在リテモ所志ハ彼ニ在リ候ヘハ後世吾心ヲ知リ吾志ヲ憐ミ吾道ヲ信ズル者アラン歟嘉永戊申季夏橋本左內誌
新字:嗚呼如何セン吾身刀圭ノ家ニ生レ賤技ニ局々トシテ吾初年ノ志ヲ遂ル事ヲ不得ヲ然レドモ所業ハ此ニ在リテモ所志ハ彼ニ在リ候ヘハ後世吾心ヲ知リ吾志ヲ憐ミ吾道ヲ信ズル者アラン歟嘉永戊申季夏橋本左内誌
書き下し
嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
現代語訳
ああ、どうしたらよいのでしょう。私は医者の家に生まれ、いやしい技にあくせくして、若いころの志を遂げることができません。けれども、仕事はここにあっても、志は別のところにありますから、後の世には、私の心を知り、私の志をあわれみ、私の道を信じてくれる者がいるでしょうか。嘉永戊申の夏の終わりに、橋本左内が記す。
解説
本書全体の結びで、左内は嗚呼と嘆息を漏らしています。医師の家に生まれ、刀圭、つまり薬匙を扱う家業に縛られて、初年の志を遂げられない、という悩みがここにあります。ただし彼は、所業はここにあっても所志はあちらにある、と書いて、仕事と志を切り離して志を手放さない道を選びました。賤技という言い方は家業をおとしめる語で、十五歳の若さが表れています。後世に自分の心を知る者がいるか、と問うて終える点も、発信ではなく自問に近い口調です。嘉永元年の夏の終わりに記されました。いまの職場でも、与えられた仕事と、自分が本当に果たしたい志が食い違うことは珍しくありません。仕事の中に志を通す工夫が、そこで問われます。
この章句が説くこと
志刀圭家業所業所志啓発録
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