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山鹿語類 / 士道・愼容貌之動

而して五倫の交はる處、皆以て其禮容あり。然れども容貌は正して恭に不如。曾子曰、動容貌斯遠暴慢と云は、此心なるべし。樂記曰、惰慢邪辟之氣、不設於身躰。是又容貌の正しきを云へる也。凡そ容貌一身を擧て論ず。此間頭頸手足顏色辭氣の差別あり。頭頸は頭の貌を正しからしむるの謂也。頭に付て髮あり鬚あり。頭に上下あり。漱櫛縱笄總拂髦と云へるは、是頭頸の用也。玉藻に頭頸必中と云へるは、立ときの法也。然れば容貌先其面を直にして、其容傾むくべからざる也。目の見る所、耳のきく所、口の云處、皆頭頸の正しきによるべし。故に九擈音拜也を云時、一曰稽首、二曰頓首、三曰空首、四曰振動、五曰吉擈、六曰凶擈、七曰奇擈、八曰褒擈、九曰肅擈と云。皆頭の高下を以て拜禮の尊卑を云へる也。

新字:而して五倫の交はる処、皆以て其礼容あり。然れども容貌は正して恭に不如。曽子曰、動容貌斯遠暴慢と云は、此心なるべし。楽記曰、惰慢邪辟之気、不設於身体。是又容貌の正しきを云へる也。凡そ容貌一身を挙て論ず。此間頭頸手足顔色辞気の差別あり。頭頸は頭の貌を正しからしむるの謂也。頭に付て髪あり鬚あり。頭に上下あり。漱櫛縦笄総払髦と云へるは、是頭頸の用也。玉藻に頭頸必中と云へるは、立ときの法也。然れば容貌先其面を直にして、其容傾むくべからざる也。目の見る所、耳のきく所、口の云処、皆頭頸の正しきによるべし。故に九擈音拝也を云時、一曰稽首、二曰頓首、三曰空首、四曰振動、五曰吉擈、六曰凶擈、七曰奇擈、八曰褒擈、九曰粛擈と云。皆頭の高下を以て拝礼の尊卑を云へる也。

書き下し

而して五倫の交はる処、皆以て其礼容あり。然れども容貌は正して恭に不如。曽子曰、動容貌斯遠暴慢と云は、此心なるべし。楽記曰、惰慢邪辟之気、不設於身体。是又容貌の正しきを云へる也。凡そ容貌一身を挙て論ず。此間頭頸手足顔色辞気の差別あり。頭頸は頭の貌を正しからしむるの謂也。頭に付て髪あり鬚あり。頭に上下あり。漱櫛縦笄総払髦と云へるは、是頭頸の用也。玉藻に頭頸必中と云へるは、立ときの法也。然れば容貌先其面を直にして、其容傾むくべからざる也。目の見る所、耳のきく所、口の云処、皆頭頸の正しきによるべし。故に九擈音拝也を云時、一曰稽首、二曰頓首、三曰空首、四曰振動、五曰吉擈、六曰凶擈、七曰奇擈、八曰褒擈、九曰粛擈と云。皆頭の高下を以て拝礼の尊卑を云へる也。

現代語訳

そして五倫(君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友)の交わるところには、みなそれぞれ礼の容がある。けれども容貌は、正しくして恭しくあることに及ぶものはない。曾子が「容貌を動かすときは、乱暴や傲慢から遠ざかる」と言ったのは、この意味であろう。『礼記』楽記に「怠惰・傲慢・邪で偏った気を身体に置かない」とあるのも、容貌の正しさを言ったものである。およそ容貌は一身全体を挙げて論じるものだが、その中に頭頸・手足・顔色・辞気(言葉と息づかい)の区別がある。頭頸とは、頭の姿を正しくすることをいう。頭には髪があり鬚がある。頭には上げ下げがある。「漱ぎ、櫛けずり、縦(髪を包む布)・笄(こうがい)・総(髪を束ねる紐)をつけ、髦(前髪)を払う」と言うのは頭頸の用である。玉藻篇に「頭頸は必ず中正に」とあるのは、立つときの法である。それゆえ容貌はまず顔をまっすぐにして、その容を傾けてはならない。目の見るところ、耳の聞くところ、口の言うところは、みな頭頸が正しいことによる。だから九拝を言うとき(擈は拝と同じ音)、一に稽首、二に頓首、三に空首、四に振動、五に吉拝、六に凶拝、七に奇拝、八に褒拝、九に粛拝と言う。これはみな頭の高さ低さによって拝礼の尊卑を言ったものである。

解説

本条から素行は容貌を部位に分けて論じ始め、まず頭頸を取り上げる。五倫それぞれに礼容があるが、根本は「正しくして恭しい」ことであり、曾子の「容貌を動かせば暴慢に遠ざかる」がその要だという。頭がまっすぐであってこそ見る・聞く・言うが正しくなり、『周礼』の九拝も頭の高低で礼の軽重を表す。身体の部位にまで礼を見る細かさは、日用の具体から聖人の道を学ぼうとした素行の姿勢と通じる。現代でも、うつむいた姿勢や斜めに構えた首の角度は、言葉以上に相手への態度を伝えてしまう。

この章句が説くこと

容貌頭容拝礼五倫恭礼記

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