尚書 / 太甲中
奉先思孝,接下思恭。視遠惟明;聽德惟聰
新字:奉先思孝,接下思恭。視遠惟明;聴徳惟聰
書き下し
先を奉じては孝を思い、下に接しては恭を思う。遠きを視るは惟れ明、徳を聴くは惟れ聡。
現代語訳
先祖を敬っては孝行を心がけ、目下の者に接しては恭しさを心がける。遠くまで見通せることが明であり、徳のある言葉を聴き分けられることが聡である。
解説
目上を敬うときには真心を尽くし、目下の人と接するときには謙虚さを忘れない。この構えの上に立って初めて、遠くの物事を見通す「明」と、価値ある言葉を聴き分ける「聡」が育つという教えである。日々の会話の中で、耳当たりの良い言葉と本当に学ぶべき言葉を区別できているか、立場の上下にかかわらず誠実に接しているかを、この一句は静かに問いかけてくる。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
孝恭明聡
関連する章句
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『弁名』德至徳なる者は、徳の至れる者を謂ふなり。孔子泰伯を称するに其の譲を以てし、周を称するに其の恭を以てす。書に允恭克譲を以て堯を称す。其の至徳為ること知るべきのみ。然れども聖人の恭譲に非ざるよりは則ち未だ以て至徳と為すに足らず。泰伯の譲は、天下を以てす。周の恭は、天下を以てす。是れ其の至と為る所以なり。孝を以て至徳と為す者は、其の仁を為すの本為るを以てなり。周官の至徳なる者は、聖人の徳の万世の標準為るを謂ふなり。敏徳なる者は、徳の性を以て殊なる者を謂ふなり。
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礼記・檀弓上穆公の母卒す。人をして曾子に問わしめて曰く、「これを如何(いかん)せん」と。対えて曰く、「申や諸(これ)を申の父に聞けり。曰く、哭泣の哀、斉・斬の情、饘粥(せんしゅく)の食は、天子より達す。布幕は衛なり、縿幕(しょうばく)は魯なり」と。 晋の献公将に其の世子申生を殺さんとす。公子重耳これに謂いて曰く、「子蓋(なん)ぞ子の志を公に言わざるか」と。世子曰く、「不可なり。君は驪姫(りき)に安んず。是れ我公の心を傷つくるなり」と。曰く、「然らば則ち蓋ぞ行らざるか」と。世子曰く、「不可なり。君我を君を弑せんと欲すと謂うなり。天下豈に父無きの国有らんや。吾何くにか行きてこれを如(ゆ)かん」と。人をして狐突(ことつ)に辞せしめて曰く、「申生罪有り、伯氏の言を念わず、以て死に至る。申生敢えて其の死を愛(お)しまず。然りと雖も、吾が君老いたり、子少(わか)し、国家難多し。伯氏出でて吾が君を図らず。伯氏苟(いやし)くも出でて吾が君を図らば、申生賜を受けて死せん」と。再拝稽首して、乃ち卒す。是を以て恭世子と為すなり。
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『弁名』恭敬莊愼獨諸書に又た恭敬を連ね言ふ者有り。亦た其の義相関はる故なり。先王の道は天を敬するを本と為す。故に敢へて自ら高しとせず。是れ恭敬の連ね言はるる所以の故なり。蓋し堯舜の敢へて其の下を軽視せざる所以の者は、天意の知るべからざるが為の故なり。夫れ或いは其の衷を誘はば、則ち鯀・驩兜も、何ぞ必ずしも昔日の鯀・驩兜ならんや。芻蕘の言も、豈に必ずしも我が下に出でんや。孔子の軽々しく天下を棄てざるも、亦た天意の知るべからざればなり。故に聖人の恭は、天を敬するの至りなり。荘は、専ら容を主とし、下に臨むを以て之を言ふ。上天照臨して、日月星辰森如たり。人の上たる者之に法る、是れ荘なり。
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『弁名』恭敬莊愼獨恭は徳の名なり。自ら高しとせざるを謂ふなり。倨の反なり。宋儒乃ち「恭は容を主とし、敬は心を主とす」の説有る者は、非なり。凡そ貌に見はるる者は心に本づく。未だ心に恭敬無くして能く貌の恭敬なる者有らず。故に恭敬は皆心に在り、皆貌に見はる。恭敬の分は、恭は己を主とし、敬は必ず敬する所有り、異なりと為すのみ。故に敬は「之を敬す」と曰ひ、恭は「之を恭す」と曰はず。堯の「允に恭」、舜の「己を恭しくす」は、皆自ら高しとせず、自ら聖とせず、敢へて人を軽視せざるを謂ふなり。堯の鯀の命に方き族を圮るを知るも、四岳「試みて可なれば乃ち已めん」と曰へば、則ち之を用ひ、礼楽を作らんと欲すれば、則ち舜を登庸するが如き、是れ恭なり。舜の問ふことを好み、好んで邇言を察するが如き、是れ恭なり。孔子の子産を称して「其の己を行ふや恭、其の上に事ふるや敬」と曰ふが如き、恭敬の分、以て見るべきのみ。
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『弁名』恭敬莊愼獨孟子曰く、「難きを君に責むる、之を恭と謂ひ、善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂ふ」と。亦た其の君を軽視せざるを以て恭と為し、其の事を敬するを以て敬と為す。孟子に「交際は何の心ぞや」、曰く「恭なり」。「之を郤くるを不恭と為すは何ぞや」、曰く「尊者之を賜ふに、『其の之を取る所の者は義か不義か』と曰ひて而る後に之を受くるは、是を以て不恭と為す。故に郤けざるなり」と。亦た人を軽視せざるなり。孟子、柳下恵を不恭と称す。恵の意は天下に有道の君無しと謂ふ。故に「焉くに往くとして三たび黜けられざらん」と曰ふ。其の郷人を視ること、蜾蠃と螟蛉との如し。故に「爾焉んぞ能く我を浼さんや」と曰ふ。是れ皆人を軽視するの甚だしきなり。故に之を不恭と謂ふ。恭の字の義、以て見るべきのみ。
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『慎思録』巻之四恭にして和なるは、友に交はるの道なり。厳にして寛なるは、下に接するの道なり。蓋し恭にして厳なれば、則ち己を失はず。和にして寛なれば、則ち人を失はず。李白の詩に曰く、他人方寸の間、山海幾千里、と。言ふこころは、我他人の心曲を知ること能はず、他人も亦た焉んぞ能く我の心曲を知らん。然らば則ち彼我何ぞ能く心を傾けて相信ぜんや。故に孔子曰く、人の己を知らざるを患へず、人を知らざるを患ふ、と。