慎思録 / 巻之四
恭而和。交友之道也。嚴而寬。接下之道也。葢恭而嚴。則不失己。和而寬。則不失人。李白詩曰。他人方寸間。山海幾千里。言我不能知他人之心曲。他人亦焉能知我之心曲。然則彼我何能傾心而相信哉。故孔子曰。不患人之不己知。患不知人也。
新字:恭而和。交友之道也。厳而寛。接下之道也。葢恭而厳。則不失己。和而寛。則不失人。李白詩曰。他人方寸間。山海幾千里。言我不能知他人之心曲。他人亦焉能知我之心曲。然則彼我何能傾心而相信哉。故孔子曰。不患人之不己知。患不知人也。
書き下し
恭にして和なるは、友に交はるの道なり。厳にして寛なるは、下に接するの道なり。蓋し恭にして厳なれば、則ち己を失はず。和にして寛なれば、則ち人を失はず。李白の詩に曰く、他人方寸の間、山海幾千里、と。言ふこころは、我他人の心曲を知ること能はず、他人も亦た焉んぞ能く我の心曲を知らん。然らば則ち彼我何ぞ能く心を傾けて相信ぜんや。故に孔子曰く、人の己を知らざるを患へず、人を知らざるを患ふ、と。
現代語訳
慎み深くて和やかなのが、友と交わる道です。厳しくて寛やかなのが、目下に接する道です。慎み深く厳しければ自分を失わず、和やかで寛やかなら人を失いません。李白の詩に「他人の心の内は、山や海を隔てて幾千里も遠い」とあります。その意味は、私は他人の心の奥を知ることができず、他人もまたどうして私の心の奥を知ることができようか、ということです。そうであれば、相手と自分がどうして心を傾けて信じ合えましょうか。だから孔子は「人が自分を知らないことを憂えず、自分が人を知らないことを憂える」と言いました。
解説
二つの短い条がつながった単位です。前半は、友には「恭にして和」、目下には「厳にして寛」で接せよと説き、恭と厳で自分を保ち、和と寛で人を失わないと整理します。後半は李白の詩句を引いて、人の心は山海を隔てるほど知りがたいと述べ、『論語』学而篇の「人の己を知らざるを患へず、人を知らざるを患ふ」で結びます。理解されないと嘆く前に、自分が相手を理解しようとしているかを問うという姿勢は、職場の人間関係で行き違いが生じたときに立ち返りたい原点です。
この章句が説くこと
交友恭寛信知人
関連する章句
-
論語・学而篇有子曰く、「信義に近ければ、言復む可きなり。恭礼に近ければ、恥辱に遠ざかるなり。因りて其の親を失わざれば、亦宗とす可きなり。」
-
尚書・太甲中先を奉じては孝を思い、下に接しては恭を思う。遠きを視るは惟れ明、徳を聴くは惟れ聡。
-
『墨子』魯問公輸子、其の巧を善しとし、以て子墨子に語げて曰く、「我が舟戰は鉤强を以てす。知らず、子の義にも亦た鉤强有るか」と。子墨子曰く、「我が義の鉤强は、子の舟戰の鈎强より賢れり。我が鈎强は、我れ之を鈎するに愛を以てし、之を揣るに恭を以てす。鈎するに愛を以てせずんば則ち親しまず、揣るに恭を以てせずんば則ち速やかに狎る。狎れて親しまずんば、則ち速やかに離る。故に交ごも相い愛し、交ごも相い恭しきは、猶お相い利するがごときなり。今、子は鈎して人を止め、人も亦た鈎して子を止む。子は强にして人を距ぎ、人も亦た强にして子を距ぐ。交ごも相い鈎し、交ごも相い强うるは、猶お相い害するがごときなり。故に我が義の鈎强は、子の舟戰の鈎强より賢れり」と。
-
論語・学而篇子禽子貢に問いて曰く、「夫子是の邦に至るや、必ず其の政を聞く。之を求めたるか、抑も之を与えたるか。」子貢曰く、「夫子は温・良・恭・倹・譲以て之を得たり。夫子の之を求むるや、其れ諸を人の之を求むるに異なるか。」
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・信の世界に偽詐多く疑いの世界に真理多し信の世界に偽詐多く、疑いの世界に真理多し。試みに見よ、世間の愚民、人の言を信じ、人の書を信じ、小説を信じ、風聞を信じ、神仏を信じ、卜筮を信じ、父母の大病に按摩の説を信じて草根木皮を用い、娘の縁談に家相見の指図を信じて良夫を失い、熱病に医師を招かずして念仏を申すは阿弥陀如来を信ずるがためなり。三七日の断食に落命するは不動明王を信ずるがゆえなり。この人民の仲間に行なわるる真理の多寡を問わば、これに答えて多しと言うべからず。真理少なければ偽詐多からざるを得ず。けだしこの人民は事物を信ずといえども、その信は偽を信ずる者なり。ゆえにいわく、「信の世界に偽詐多し」と。
-
『呻吟語』内篇・問學・第一に信を體するを要す我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。