山鹿語類 / 士道・愼言語
而して云以其處と云へり。云心は云て可成のことゝいへども、不可云の地あり。その所あしきときは、云て皆害あり。故に朝廷私居に因て其言相たがふは、是所を云へり。而して其人によつて云べきこと、不可語のわざあり。君父の前にすゝんで仁義を說くが如し。五倫の交りを考へ、是に從て其言語を可戒也。孔子曰待君子有三愆、言未及之而言、謂之躁、言及之而不言、謂之隱、未見顏色而言、謂之瞽。すべて可戒の言語は、男女之色、利害之沙汰、過奢驕慢の器物、幷遊興佚樂のねがひ、各不可談。理にをいて云ば、性心虛無の清談、自讃高慢の談を不可爲。言は卑劣の言、懦弱悠艶の言を用ゆべからず。是皆其可戒の言語也。
新字:而して云以其処と云へり。云心は云て可成のことゝいへども、不可云の地あり。その所あしきときは、云て皆害あり。故に朝廷私居に因て其言相たがふは、是所を云へり。而して其人によつて云べきこと、不可語のわざあり。君父の前にすゝんで仁義を説くが如し。五倫の交りを考へ、是に従て其言語を可戒也。孔子曰待君子有三愆、言未及之而言、謂之躁、言及之而不言、謂之隠、未見顔色而言、謂之瞽。すべて可戒の言語は、男女之色、利害之沙汰、過奢驕慢の器物、幷遊興佚楽のねがひ、各不可談。理にをいて云ば、性心虚無の清談、自讃高慢の談を不可為。言は卑劣の言、懦弱悠艶の言を用ゆべからず。是皆其可戒の言語也。
書き下し
而して云以其処と云へり。云心は云て可成のことゝいへども、不可云の地あり。その所あしきときは、云て皆害あり。故に朝廷私居に因て其言相たがふは、是所を云へり。而して其人によつて云べきこと、不可語のわざあり。君父の前にすゝんで仁義を説くが如し。五倫の交りを考へ、是に従て其言語を可戒也。孔子曰待君子有三愆、言未及之而言、謂之躁、言及之而不言、謂之隠、未見顔色而言、謂之瞽。すべて可戒の言語は、男女之色、利害之沙汰、過奢驕慢の器物、幷遊興佚楽のねがひ、各不可談。理にをいて云ば、性心虚無の清談、自讃高慢の談を不可為。言は卑劣の言、懦弱悠艶の言を用ゆべからず。是皆其可戒の言語也。
現代語訳
そして「言うにはその所をもってする」という。その心は、言ってよい事柄でも、言ってはならない場所がある。その場所が悪いときは、言ってもみな害がある。だから朝廷と私宅とで言葉が違うのは、所のことを言ったのである。そしてその人によって言うべきこと、語ってはならないことがある。主君や父の前に進み出て仁義を説くようなことである。五倫の交わりを考え、それに従ってその言葉を戒めるべきである。孔子は「君子に侍るのに三つの過ちがある。まだ話が及ばないのに言うのを躁(さわがしい)といい、話が及んでいるのに言わないのを隠(かくす)といい、顔色を見ないで言うのを瞽(目が見えていない)という」と言われた。すべて戒めるべき言語は、男女の色事、利害の取り沙汰、度を過ぎた贅沢やおごりの器物、ならびに遊興や逸楽の願いで、どれも談じてはならない。理について言えば、性や心の虚無の清談、自慢や高慢の話をしてはならない。言葉としては、卑しく劣った言葉、弱々しく艶めいた言葉を用いてはならない。これらはみな戒めるべき言語である。
解説
この章句が説くこと
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