呻吟語 / 内篇・倫理・慎言の地は、惟だ家庭を要と為す
慎言之地,惟家庭為要;應慎言之人,惟妻子、僕隸為要。此理亂之原而禍福之本也。人往往忽之,悲夫!
新字:慎言之地,惟家庭為要;応慎言之人,惟妻子、僕隸為要。此理乱之原而禍福之本也。人往往忽之,悲夫!
書き下し
慎言の地は、惟だ家庭を要と為す。應に言を慎むべきの人は、惟だ妻子・僕隸を要と為す。此れ理亂の原にして禍福の本なり。人往往にして之を忽にす、悲しいかな。
現代語訳
言葉を慎むべき場所は、ただ家庭が最も大切です。言葉を慎むべき相手は、ただ妻子と使用人が最も大切です。これが治まるか乱れるかの源であり、禍と福のもとです。人はしばしばこれを軽んじます。悲しいことです。
解説
言葉を慎む場所と相手が、外ではなく家の中に定められます。よそ行きの席ではなく家庭、賓客ではなく妻子と使用人。気を抜きやすい場所こそ要だという指摘です。そして規模の大きな言葉が続きます。治乱の源であり禍福のもとだ、と。家庭での口の利き方を、国の治乱と同じ物差しで測る大胆さがあります。よそ行きの慎みは誰でも持ちますが、家の中では緩むのが常だからです。
この章句が説くこと
慎言家庭妻子僕隷軽視
関連する章句
-
説苑・說叢口は關なり、舌は機なり。言を出だすこと當たらざれば、四馬も追う能わざるなり。口は關なり、舌は兵なり。言を出だすこと當たらざれば、反って自ら傷つくなり。言は己より出でて、人に止むべからず。行いは邇きより發して、遠きに止むべからず。夫れ言行は君子の樞機なり。樞機の發は、榮辱の本なり。慎まざるべけんや。故に蒯子羽曰く、「言は猶お射るがごときなり。栝既に弦を離るれば、悔ゆる所有りと雖も、從いて追う可からざるのみ。」詩に曰く、「白珪の玷は、尚お磨くべきなり。斯の言の玷は、為すべからざるなり。」
-
孔子家語・觀周孔子、周を觀て、遂に太祖后稷の廟に入る。廟堂右階の前に、金人有り、三たび其の口を緘し、其の背に銘して曰わく、「古の言を慎む人なり、之を戒めよ。多言する無かれ、多言なれば多敗す。多事なる無かれ、多事なれば多患す。安樂には必ず戒め、行いて悔ゆる所無かれ。何ぞ傷つけんと謂う勿かれ、其の禍將に長ぜんとす。何ぞ害あらんと謂う勿かれ、其の禍將に大ならんとす。聞こえずと喟る勿かれ、神將に人を伺わんとす。焰焰にして滅せざれば、炎炎たること若何せん。涓涓にして壅がざれば、終に江河と為る。綿綿として絕えざれば、或いは網羅と成る。毫末にして劄せざれば、將に斧柯を尋ねんとす。誠に能く之を慎めば、福の根なり。口は是れ何ぞ傷つけん、禍の門なり。強梁なる者は其の死を得ず、勝を好む者は必ず其の敵に遇う。盜は主人を憎み、民は其の上を怨む。君子は天下の上たる可からざるを知る、故に之に下る。眾人の先んずる可からざるを知る、故に之に後る。溫恭にして德を慎めば、人をして之を慕わしむ。雌を執り下に持すれば、人之に踰ゆる莫し。人皆彼に趨るも、我獨り此を守る。人皆或うも、我獨り徙らず。內に我が智を藏し、人に技を示さず。我尊高なりと雖も、人我を害せず、誰か此に能くせん。江海は左なりと雖も、百川に長たるは、其の卑きを以てなり。天道は親無くして、能く人に下る。之を戒めよ。」孔子既に斯の文を讀み、顧みて弟子に謂いて曰わく、「小人之を識せ。此の言實にして中り、情にして信なり。詩に曰わく、『戰戰兢兢として、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し。』身を行うこと此くの如くんば、豈に口の過ちを以て患えんや。」
-
論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
-
呂氏春秋・重言①人主の言は、慎まざる可からず。高宗は天子なり。位に即くや諒闇して、三年言わず。卿大夫恐懼して、之を患う。高宗乃ち言いて曰く、「余一人を以て四方を正す。余唯だ言の類からざるを恐るるなり。茲の故に言わず。」古の天子は、其の言を重んずること此くの若し。故に言に遺う者無し。
-
『呻吟語』内篇・倫理・親厚の友と雖も、口に任すべき底の話無し言を謹むは但だ外面のみならず、家庭の間と雖も、個の該に說くべき話無し。但だ大賓のみならず、親厚の友と雖も、個の口に任すべき底の話無し。
-
『呻吟語』内篇・修身・妻子僕隸の間に言動を慎む言動を妻子僕隸の間に慎み、身心を食息起居の際に檢すれば、這の工夫便ち密なり。