山鹿語類 / 士道・愼言語
次に軍旅の言あり。賈誼が容經に、屏氣折聲軍旅之言也と云へり。軍旅は武の用なれば、平生の言に不准して、敗北の言を不云。懦弱の言を不云。各其禮あり。次に君臣父子の言あり。君父の臣子に命ぜるには、言を和にして、其詳に聞わきまふべきが如く、具に敎へ明に示すにあり。言寡して理深ときは、臣子是を速に理會仕りがたし。すべて人の上に立なん人は、下の人を視て、愚に暗きと知て、こまやかに敎戒せしめ、而して後に是を用ひ、是を可使也。故に言は和順にして、下の情の能く通じやすからんが如くならしむべし。臣子の君命を承るには、謹で其應諾を詳にし、必ず己れが知を先だてず、能く君父の詞を聞屆、其志を委くして、而して後に其事を可爲也。若し父の命をゝろそかにして、唯己れが意見を先に致すときは、皆自のさがしらにして、忠孝の思入に非ず。
新字:次に軍旅の言あり。賈誼が容経に、屏気折声軍旅之言也と云へり。軍旅は武の用なれば、平生の言に不准して、敗北の言を不云。懦弱の言を不云。各其礼あり。次に君臣父子の言あり。君父の臣子に命ぜるには、言を和にして、其詳に聞わきまふべきが如く、具に教へ明に示すにあり。言寡して理深ときは、臣子是を速に理会仕りがたし。すべて人の上に立なん人は、下の人を視て、愚に暗きと知て、こまやかに教戒せしめ、而して後に是を用ひ、是を可使也。故に言は和順にして、下の情の能く通じやすからんが如くならしむべし。臣子の君命を承るには、謹で其応諾を詳にし、必ず己れが知を先だてず、能く君父の詞を聞届、其志を委くして、而して後に其事を可為也。若し父の命をゝろそかにして、唯己れが意見を先に致すときは、皆自のさがしらにして、忠孝の思入に非ず。
書き下し
次に軍旅の言あり。賈誼が容経に、屏気折声軍旅之言也と云へり。軍旅は武の用なれば、平生の言に不准して、敗北の言を不云。懦弱の言を不云。各其礼あり。次に君臣父子の言あり。君父の臣子に命ぜるには、言を和にして、其詳に聞わきまふべきが如く、具に教へ明に示すにあり。言寡して理深ときは、臣子是を速に理会仕りがたし。すべて人の上に立なん人は、下の人を視て、愚に暗きと知て、こまやかに教戒せしめ、而して後に是を用ひ、是を可使也。故に言は和順にして、下の情の能く通じやすからんが如くならしむべし。臣子の君命を承るには、謹で其応諾を詳にし、必ず己れが知を先だてず、能く君父の詞を聞届、其志を委くして、而して後に其事を可為也。若し父の命をゝろそかにして、唯己れが意見を先に致すときは、皆自のさがしらにして、忠孝の思入に非ず。
現代語訳
次に軍旅の言葉がある。賈誼の容経に「息を潜め声を抑えるのが軍旅の言葉である」とある。軍旅は武の働きであるから、平生の言葉に準じず、敗北の言葉を言わない。弱気の言葉を言わない。それぞれその礼がある。次に君臣父子の言葉がある。主君や父が臣や子に命じるには、言葉をやわらかにして、よく聞き分けられるように、細かく教え明らかに示すことにある。言葉が少なく理が深いときは、臣や子はこれをすぐには理解しにくい。すべて人の上に立つ人は、下の人を見て、愚かで暗いものと知って、こまやかに教え戒め、そのうえでこれを用い、これを使うべきである。だから言葉は和やかで素直にして、下の者の気持ちがよく通じやすいようにすべきである。臣や子が主君の命を承るには、謹んでその承諾を詳しくし、必ず自分の知恵を先立てず、よく主君や父の言葉を聞き届け、その志を詳しく知って、そのうえでその事を行うべきである。もし父の命をおろそかにして、ただ自分の意見を先に出すときは、みな自分の賢しらであって、忠孝の心入れではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・愼言語次に言語の品、其所、其時、其交接の人物に従て、甚其礼多し。朝廷之言あり。平居之言あり。喪祭之言あり。冠昏の言あり。賓客之言あり。軍旅の言あり。君臣父子兄弟朋友夫婦の言あり。平生の言あり。変に処するの言あり。此品々を詳に不究明ときは、言皆違を以て礼こゝにみだる。威儀大にそむくべし。されば朝廷の言は、君の朝に出仕して其位に居るの時の言なるを以て、敬て其言不出位、私の物語なく、私の用を不相通、下気和声、詳に老者の言を聞て、可云の節あらば、明に弁じて諛ふことなからしむ。
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『山鹿語類』士道・愼言語凡そ如此の詞、其品一様にあらず。唯詳に究明するにありぬべし。君父臣子の言こゝに正しき時は、兄弟夫婦朋友の言皆順なるべし。自我父兄云ときは、君に比して是を尊敬し、人に対して云ときは謙て是愚父愚兄と云。父兄の子弟を称するも皆同じ。唯毋不敬と云の心を本として、其地を考、其時をはかり、相対するの人物事宜を以て軽重せしむべし。況や男女の詞、其礼を以てせざれば、男にして女の詞をまなび、女にして男の詞をなす。各不得其処也。故に男は不言内、女は不言外の戒を守るべし。言と云へども、思より出でざることなし。尤可慎也。
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『山鹿語類』士道・愼言語次に言語之戒あり。是は君父臣子の間、兄弟夫婦朋友の内、常に相言語するに、戒しめ守るべきの事なり。それとは時をはかるべし。云心は言の宜き時節をはかり、物語可仕時をしること也。たとへば理のつまれることにても、其云出して可然処を不考して云ば、其こと不可如理也。四時朝暮其所の云出しの能時分、我年齢むかいの年比各考へしるは、是時をはかる也。食不語、寝不言と云へるは、時の戒也。卒爾として云は、時を失也。恒言不称老は、子の父母の年老を憚るべきの戒也。
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『山鹿語類』士道・愼言語而して云以其処と云へり。云心は云て可成のことゝいへども、不可云の地あり。その所あしきときは、云て皆害あり。故に朝廷私居に因て其言相たがふは、是所を云へり。而して其人によつて云べきこと、不可語のわざあり。君父の前にすゝんで仁義を説くが如し。五倫の交りを考へ、是に従て其言語を可戒也。孔子曰待君子有三愆、言未及之而言、謂之躁、言及之而不言、謂之隠、未見顔色而言、謂之瞽。すべて可戒の言語は、男女之色、利害之沙汰、過奢驕慢の器物、幷遊興佚楽のねがひ、各不可談。理にをいて云ば、性心虚無の清談、自讃高慢の談を不可為。言は卑劣の言、懦弱悠艶の言を用ゆべからず。是皆其可戒の言語也。
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『山鹿語類』士道・愼言語而して人の問事尋事応諾の節、尤其時宜を詳にして、安定ならしむべし。若其云言、答ふる言に知慮の可入儀、評論講談、或は私の用事、或は世上人生のうはさに及ぶときは、公必左右に色退辞譲して、不得已ときは、其言を詳にすべし。己れさがしらして疾言卒爾として答るは、礼譲のかくる処、威儀のとゝのほらざる也。古人言及則揖左右而云と云々。すべて人の云所を詳に不聞届して、我ものがほにうけこたうをいたせば、軽忽の失あるを以て、応諾必違ふ。不知ことを知たりと云、不覚事を覚へたりと云て、あとに首尾不合、一言出ては駟馬も難追と云古へのためしこゝにあり。故に然諾は必重く応ずと云へることあり。たとへきゝうけ寡なき如くに傍より見ゆると云とも、具に其尋を心得て其返答を詳にすべし。世人皆利口弁舌を貴んで、物ごとに早合点なること多ことを以て、人の云所を半にして答を速にす。尤君子の道に非ず。但し軍戦の地は、間に不容髪の言多し。是を以て平生に不可准。是軍旅之言なれば也。
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『山鹿語類』士道・愼容貌之動次に軍旅の容あり。玉藻曰、戎容曁々、果毅貌言容詻々、教令厳色容厲粛、義形貌視容清明也察事也。孔叢子曰、将居軍中之礼、介冑在身、執鋭在列、雖君父不拝、若不幸軍敗、則馹騎赴告、不載櫜韔、櫜韜也、韔弓衣、天子素服、哭于庫門之外。少儀曰、乗兵車、出先刄、入後刄、軍尚左、左陽、陽主生卒尚右。右陰也、陰主殺、卒之行伍尚右、司馬法曰、古者国容不入軍、々容不入国、軍容入国、則民徳廃、国容入軍、則民徳弱、故在国、言文語温、在朝恭以遜、修己以待人、不召不至、不問不言、難進易退、在軍杭而出、在行遂而果、介者不拝、兵車不式、城上不趨、危事不歯、礼与法表裏也、文与武左右也と云へるは、軍旅の容を論ずる也。
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