山鹿語類 / 士道・愼言語
曲禮曰、父召無諾、先生召無諾、唯而起。又曰、凡爲君使者、已受命、君言不宿於家、君言至、則主人出、拜君言之辱。士相見禮曰、與君言、言使臣、與大人言、言事君。少儀曰、擬人、擬比也必於其倫、問天子之年、對曰、聞之、始服衣、若干尺矣、問國君之年、長曰能從宗廟社稷之事矣、幼曰未能從宗廟社稷之事也、問大夫之子、長曰能御矣、幼曰未能御也、問士之子、長曰能典謁矣、幼曰未能典謁、問庶人之子、長曰能負薪矣、幼曰未能負薪矣、君使士射、不能則辭以疾、言曰、某有負薪之憂、問國君之富、數地以對山澤之所出、問丈夫之富、曰有宰、邑士也食力、謂民之賦稅祭器衣服不假、問士之富、以車數上士三命、賜車馬、中士乘棧、車無副車、對、問庶人之富、數畜以對、國君去其國、止之曰、奈何去社稷也、大夫曰、奈何去宗廟也、士曰、奈何去墳墓也、論語曰、邦君之妻、君稱之曰夫人、夫人自稱曰小童、邦人稱之曰君夫人、稱諸異邦曰寡小君、異邦人稱之亦曰君夫人といへり。
新字:曲礼曰、父召無諾、先生召無諾、唯而起。又曰、凡為君使者、已受命、君言不宿於家、君言至、則主人出、拝君言之辱。士相見礼曰、与君言、言使臣、与大人言、言事君。少儀曰、擬人、擬比也必於其倫、問天子之年、対曰、聞之、始服衣、若干尺矣、問国君之年、長曰能従宗廟社稷之事矣、幼曰未能従宗廟社稷之事也、問大夫之子、長曰能御矣、幼曰未能御也、問士之子、長曰能典謁矣、幼曰未能典謁、問庶人之子、長曰能負薪矣、幼曰未能負薪矣、君使士射、不能則辞以疾、言曰、某有負薪之憂、問国君之富、数地以対山沢之所出、問丈夫之富、曰有宰、邑士也食力、謂民之賦税祭器衣服不仮、問士之富、以車数上士三命、賜車馬、中士乗棧、車無副車、対、問庶人之富、数畜以対、国君去其国、止之曰、奈何去社稷也、大夫曰、奈何去宗廟也、士曰、奈何去墳墓也、論語曰、邦君之妻、君称之曰夫人、夫人自称曰小童、邦人称之曰君夫人、称諸異邦曰寡小君、異邦人称之亦曰君夫人といへり。
書き下し
曲礼曰、父召無諾、先生召無諾、唯而起。又曰、凡為君使者、已受命、君言不宿於家、君言至、則主人出、拝君言之辱。士相見礼曰、与君言、言使臣、与大人言、言事君。少儀曰、擬人、擬比也必於其倫、問天子之年、対曰、聞之、始服衣、若干尺矣、問国君之年、長曰能従宗廟社稷之事矣、幼曰未能従宗廟社稷之事也、問大夫之子、長曰能御矣、幼曰未能御也、問士之子、長曰能典謁矣、幼曰未能典謁、問庶人之子、長曰能負薪矣、幼曰未能負薪矣、君使士射、不能則辞以疾、言曰、某有負薪之憂、問国君之富、数地以対山沢之所出、問丈夫之富、曰有宰、邑士也食力、謂民之賦税祭器衣服不仮、問士之富、以車数上士三命、賜車馬、中士乗棧、車無副車、対、問庶人之富、数畜以対、国君去其国、止之曰、奈何去社稷也、大夫曰、奈何去宗廟也、士曰、奈何去墳墓也、論語曰、邦君之妻、君称之曰夫人、夫人自称曰小童、邦人称之曰君夫人、称諸異邦曰寡小君、異邦人称之亦曰君夫人といへり。
現代語訳
曲礼に「父が呼べば諾(ゆるやかな返事)ではなく、先生が呼べば諾ではなく、唯(はい)と答えて立つ」とある。また「およそ主君の使いとなる者は、命を受けたならば主君の言葉を家に留めない。主君の言葉が届けば、主人は出て、主君の言葉のかたじけなさを拝する」とある。士相見礼に「主君と話すときは臣を使うことを言い、大人と話すときは主君に仕えることを言う」とある。少儀に「人を比べるには(擬は比べる意)必ずその同類とする。天子の年を問われたら『聞くところでは、初めて衣を着られてから幾尺です』と答える。国君の年を問われたら、年長なら『宗廟社稷の事に従うことができます』、年少なら『まだ宗廟社稷の事に従うことができません』と言う。大夫の子を問われたら、年長なら『御(車を御すこと)ができます』、年少なら『まだ御ができません』と言う。士の子を問われたら、年長なら『典謁(客の取り次ぎ)ができます』、年少なら『まだ典謁ができません』と言う。庶人の子を問われたら、年長なら『薪を背負えます』、年少なら『まだ薪を背負えません』と言う。主君が士に射を命じて、できなければ病気を理由に辞退し、『私には薪を背負った疲れがあります』と言う。国君の富を問われたら、領地を数え、山林沼沢の産物を挙げて答える。大夫の富を問われたら『家宰があり、邑(領地)の民の力で食べ(民の賦税をいう)、祭器や衣服を借りない』と答える。士の富を問われたら、車の数で答える(上士は三命で車馬を賜り、中士は棧車に乗って副車がない)。庶人の富を問われたら、家畜を数えて答える。国君が国を去ろうとするのを止めるには『どうして社稷を去られるのですか』と言い、大夫には『どうして宗廟を去られるのですか』と言い、士には『どうして墳墓を去られるのですか』と言う」とある。論語に「国君の妻は、君が呼ぶときは夫人といい、夫人は自らを小童といい、国の人はこれを君夫人といい、他国に対しては寡小君といい、他国の人はこれをまた君夫人という」とある。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
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論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
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