山鹿語類 / 士道・愼言語
次に賓客之言あり。是は賓客往來の時、賓主互に辭讓し、色躰するの禮也。凡そ與客入者、毎門讓於客といへるが如し。賓客招請の時は、前に應招請の禮詞あり。後に謝來遊禮詞あり。賓至るときは、主迎へて禮詞を述べ互に辭し互に讓る。賓退くときは、主送て是を謝す。賓又招請の辱きを謝するに、前後の禮あり。送迎に禮あり。饗應のさかんなるを謝し、飮食の美を感じ、家宅庭前山水樹木を言立て、禮のさかんなるに不中を謝し、其志を感ず。是客賓主の位をはかり、其時をつもりて、或自謝し、或は使价を以てし、或は文書を發す。而して禮讓の輕重あり。
新字:次に賓客之言あり。是は賓客往来の時、賓主互に辞譲し、色体するの礼也。凡そ与客入者、毎門譲於客といへるが如し。賓客招請の時は、前に応招請の礼詞あり。後に謝来遊礼詞あり。賓至るときは、主迎へて礼詞を述べ互に辞し互に譲る。賓退くときは、主送て是を謝す。賓又招請の辱きを謝するに、前後の礼あり。送迎に礼あり。饗応のさかんなるを謝し、飲食の美を感じ、家宅庭前山水樹木を言立て、礼のさかんなるに不中を謝し、其志を感ず。是客賓主の位をはかり、其時をつもりて、或自謝し、或は使价を以てし、或は文書を発す。而して礼譲の軽重あり。
書き下し
次に賓客之言あり。是は賓客往来の時、賓主互に辞譲し、色体するの礼也。凡そ与客入者、毎門譲於客といへるが如し。賓客招請の時は、前に応招請の礼詞あり。後に謝来遊礼詞あり。賓至るときは、主迎へて礼詞を述べ互に辞し互に譲る。賓退くときは、主送て是を謝す。賓又招請の辱きを謝するに、前後の礼あり。送迎に礼あり。饗応のさかんなるを謝し、飲食の美を感じ、家宅庭前山水樹木を言立て、礼のさかんなるに不中を謝し、其志を感ず。是客賓主の位をはかり、其時をつもりて、或自謝し、或は使价を以てし、或は文書を発す。而して礼譲の軽重あり。
現代語訳
次に賓客の言葉がある。これは賓客が行き来する時に、客と主人が互いに辞退し譲り合い、礼を尽くす作法である。およそ「客とともに入るときは、門ごとに客に譲る」というようなものである。賓客を招く時は、前もって招きに応じる礼の言葉があり、後には来訪を謝する礼の言葉がある。客が着けば、主人は迎えて礼の言葉を述べ、互いに辞退し互いに譲る。客が退くときは、主人は送ってこれに謝する。客もまた招きのかたじけなさを謝するのに、前後の礼がある。送迎に礼がある。もてなしの盛んなことを謝し、飲食の美味を感じ、家宅や庭の山水・樹木をほめ、礼の盛んなのにふさわしくないと謝し、その志に感じ入る。これは客と主人の位を計り、その時を見積もって、あるいは自ら謝し、あるいは使いの者によって、あるいは手紙を出す。そして礼譲には軽重がある。
解説
この章句が説くこと
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