導師導古典を学びたいすべての人に

山鹿語類 / 士道・愼言語

次に喪祭の言あり。少儀に曰く、望柩不歌、入臨不翔、無容樂適墓不歌、執紼不笑、臨祭不惰、居喪不言樂、祭事不言凶と云へる、是喪祭の言也。うれへある所にのぞみては、心に憂を不忘を以て、言辭にも喜びの事あるべからざる也。况や其身憂に居ては、猶以て然り。祭は愼まざるときは、唯形計りにして、或は戯事にひとしく、或は人の見物になるものなり。豈神を祭るの本意ならんや。故に其言尤愼むなり。すべて喪祭に付て、其器物、其言辭、其書文、各其言に禮あり。詳に究其理而、己が私を以て論ずべからざる也。次に冠昏の言あり。冠は元服ういかふゞりの禮にして、成人の儀也。昏は二姓のよしみを合す。尤も大義也。故に其言をみだりにせず。詳に尋ね具に問ふて、其宜きに可從也。冠禮昏禮を委細に心得て、其禮をたゞすときは、則其言明也。

新字:次に喪祭の言あり。少儀に曰く、望柩不歌、入臨不翔、無容楽適墓不歌、執紼不笑、臨祭不惰、居喪不言楽、祭事不言凶と云へる、是喪祭の言也。うれへある所にのぞみては、心に憂を不忘を以て、言辞にも喜びの事あるべからざる也。況や其身憂に居ては、猶以て然り。祭は慎まざるときは、唯形計りにして、或は戯事にひとしく、或は人の見物になるものなり。豈神を祭るの本意ならんや。故に其言尤慎むなり。すべて喪祭に付て、其器物、其言辞、其書文、各其言に礼あり。詳に究其理而、己が私を以て論ずべからざる也。次に冠昏の言あり。冠は元服ういかふゞりの礼にして、成人の儀也。昏は二姓のよしみを合す。尤も大義也。故に其言をみだりにせず。詳に尋ね具に問ふて、其宜きに可従也。冠礼昏礼を委細に心得て、其礼をたゞすときは、則其言明也。

書き下し

次に喪祭の言あり。少儀に曰く、望柩不歌、入臨不翔、無容楽適墓不歌、執紼不笑、臨祭不惰、居喪不言楽、祭事不言凶と云へる、是喪祭の言也。うれへある所にのぞみては、心に憂を不忘を以て、言辞にも喜びの事あるべからざる也。況や其身憂に居ては、猶以て然り。祭は慎まざるときは、唯形計りにして、或は戯事にひとしく、或は人の見物になるものなり。豈神を祭るの本意ならんや。故に其言尤慎むなり。すべて喪祭に付て、其器物、其言辞、其書文、各其言に礼あり。詳に究其理而、己が私を以て論ずべからざる也。次に冠昏の言あり。冠は元服ういかふゞりの礼にして、成人の儀也。昏は二姓のよしみを合す。尤も大義也。故に其言をみだりにせず。詳に尋ね具に問ふて、其宜きに可従也。冠礼昏礼を委細に心得て、其礼をたゞすときは、則其言明也。

現代語訳

次に喪祭の言葉がある。少儀に「柩を望んでは歌わず、弔いに入っては(腕を広げて)翔けるような歩き方をせず、楽しげな様子をしない。墓に行っては歌わず、棺の綱を執っては笑わず、祭に臨んではだらけず、喪中には楽しいことを言わず、祭事には不吉なことを言わない」とあるのが喪祭の言葉である。憂いのある所に臨んでは、心に憂いを忘れないので、言葉にも喜びのことがあってはならない。まして自分の身が喪中であれば、なおさらそうである。祭は慎まなければ、ただ形ばかりで、あるいは戯れ事と同じになり、あるいは人の見物になってしまうものである。どうして神を祭る本意であろうか。だからその言葉はとりわけ慎むのである。すべて喪祭については、その器物、その言葉、その書き物に、それぞれ言葉の礼がある。詳しくその理を究め、自分の私見で論じてはならない。次に冠婚の言葉がある。冠は元服、初冠の礼であって、成人の儀式である。婚は二つの家のよしみを合わせるもので、まことに大きな義である。だからその言葉をみだりにしない。詳しく尋ね細かく問うて、そのふさわしいところに従うべきである。冠礼・婚礼を詳しく心得てその礼を正すときは、その言葉は明らかである。

解説

喪祭と冠婚という人生の節目での言葉の礼を説く章句である。礼記少儀の喪葬と祭祀の戒めを引き、憂いの場では喜びを言わず、祭は慎まなければ形ばかりの見物になると戒める。冠は成人の儀、婚は二姓の好を合わせる大義であるから、詳しく尋ねてふさわしい言葉に従えという。素行は儒礼による喪祭を重んじ、家の礼を正すことを士の務めとした。現代でも、葬儀や婚礼の場での不用意な一言は長く人の心に残る。不慣れな場では、詳しい人に尋ねて言葉を選ぶ謙虚さが大切である。

この章句が説くこと

喪祭冠婚礼言語慎言少儀

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る