山鹿語類 / 士道・愼言語
次に欲言之禮あり。我言んと思ふときは、下氣して氣をゝちつけ、輕く踈草ならしめず、卑聲して調子をちがへず、其言をしづかにをとしつけて云べき也。古人曰、下氣怡聲といへり。又曰、安定辭。皆欲言之禮也。疾言するときは威儀かけて、傍人これをきゝつけず。聲たかきときは、事なくして人を驚す。その上辭の詳に說くことの多きは、聲初めより高くしては終に至り難し。禮曰、口容止、聲容靜、氣容肅と云は、如此のことなるべし。
新字:次に欲言之礼あり。我言んと思ふときは、下気して気をゝちつけ、軽く疎草ならしめず、卑声して調子をちがへず、其言をしづかにをとしつけて云べき也。古人曰、下気怡声といへり。又曰、安定辞。皆欲言之礼也。疾言するときは威儀かけて、傍人これをきゝつけず。声たかきときは、事なくして人を驚す。その上辞の詳に説くことの多きは、声初めより高くしては終に至り難し。礼曰、口容止、声容静、気容粛と云は、如此のことなるべし。
書き下し
次に欲言之礼あり。我言んと思ふときは、下気して気をゝちつけ、軽く疎草ならしめず、卑声して調子をちがへず、其言をしづかにをとしつけて云べき也。古人曰、下気怡声といへり。又曰、安定辞。皆欲言之礼也。疾言するときは威儀かけて、傍人これをきゝつけず。声たかきときは、事なくして人を驚す。その上辞の詳に説くことの多きは、声初めより高くしては終に至り難し。礼曰、口容止、声容静、気容粛と云は、如此のことなるべし。
現代語訳
次に、言おうとするときの礼がある。自分が言おうと思うときは、気を下げて落ち着け、軽々しくぞんざいにせず、声を低くして調子を外さず、その言葉を静かに落ち着けて言うべきである。古人は「気を下げ、声をやわらげる」と言った。また「辞を安定にする」ともいう。どれも言おうとするときの礼である。早口で言うときは威儀が欠けて、そばの人が聞き取れない。声が高いときは、何事もないのに人を驚かせる。そのうえ言葉で詳しく説くことが多いときは、声を初めから高くしては終わりまで続かない。礼に「口の容は止まり、声の容は静か、気の容は粛か」とあるのは、このようなことであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・愼言語次に言語の品、其所、其時、其交接の人物に従て、甚其礼多し。朝廷之言あり。平居之言あり。喪祭之言あり。冠昏の言あり。賓客之言あり。軍旅の言あり。君臣父子兄弟朋友夫婦の言あり。平生の言あり。変に処するの言あり。此品々を詳に不究明ときは、言皆違を以て礼こゝにみだる。威儀大にそむくべし。されば朝廷の言は、君の朝に出仕して其位に居るの時の言なるを以て、敬て其言不出位、私の物語なく、私の用を不相通、下気和声、詳に老者の言を聞て、可云の節あらば、明に弁じて諛ふことなからしむ。
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『山鹿語類』士道・愼言語次に喪祭の言あり。少儀に曰く、望柩不歌、入臨不翔、無容楽適墓不歌、執紼不笑、臨祭不惰、居喪不言楽、祭事不言凶と云へる、是喪祭の言也。うれへある所にのぞみては、心に憂を不忘を以て、言辞にも喜びの事あるべからざる也。況や其身憂に居ては、猶以て然り。祭は慎まざるときは、唯形計りにして、或は戯事にひとしく、或は人の見物になるものなり。豈神を祭るの本意ならんや。故に其言尤慎むなり。すべて喪祭に付て、其器物、其言辞、其書文、各其言に礼あり。詳に究其理而、己が私を以て論ずべからざる也。次に冠昏の言あり。冠は元服ういかふゞりの礼にして、成人の儀也。昏は二姓のよしみを合す。尤も大義也。故に其言をみだりにせず。詳に尋ね具に問ふて、其宜きに可従也。冠礼昏礼を委細に心得て、其礼をたゞすときは、則其言明也。
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
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論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
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論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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