格言聯璧 / 悖凶類・耳を洗ふも心は剖きて浣ふべし
傷心之語,毒於陰冰。 陰嚴積雨之險奇,可以想為文境,不可設為心境。 華林映日之綺麗,可以假為文情,不可以為世情。 巢父洗耳以鳴高,予以為耳其竇也,其言已入於心矣,當剖心而浣之。
新字:傷心之語,毒於陰冰。 陰厳積雨之険奇,可以想為文境,不可設為心境。 華林映日之綺麗,可以仮為文情,不可以為世情。 巣父洗耳以鳴高,予以為耳其竇也,其言已入於心矣,当剖心而浣之。
書き下し
心を傷つくるの語は、陰冰よりも毒なり。 陰嚴積雨の險奇は、以て想ひて文境と為すべし、設けて心境と為すべからず。 華林映日の綺麗は、以て假りて文情と為すべし、以て世情と為すべからず。 巢父耳を洗ひて以て高きを鳴らす、予以為へらく耳は其の竇なり、其の言已に心に入れり、當に心を剖きて之を浣ふべし。
現代語訳
人の心を傷つける言葉は、日の当たらない氷よりも冷たく人を害します。 暗く厳しい空に長雨が降り続くような険しく奇抜な景色は、思い描いて文章の境地とするのはよいのですが、自分の心の境地として設けてはなりません。 花咲く林に日が映えるような華やかな美しさは、借りてきて文章の情趣とするのはよいのですが、世を渡る心情としてはなりません。 巣父(堯の時代の隠者)は耳を洗って自分の高潔さを誇示しました。私が思うに、耳はただの穴にすぎず、聞いた言葉はすでに心に入ってしまっています。心を切り開いて洗うべきだったのです。
解説
最初の句は前の単位の善を談じ悪を暴く句に続き、傷つける言葉は陰の氷よりも毒だと結びます。次の対句は、文章の世界と生き方の世界を分けよという、文人ならではの戒めです。険しく奇抜な景色や華やかな美しさは詩文の題材にはよいが、心の持ち方や世渡りにまで持ち込むと、ひねくれたり浮ついたりしてしまうというのです。最後の句は隠者の故事を皮肉ったものです。堯から天下を譲ると言われて耳が汚れたと洗ったという話は、一般には許由の故事として知られ、巣父はその友とされます。耳を洗っても心に入った言葉は洗えないという指摘は、形だけの潔さを見せる振る舞いへの鋭い批判です。
この章句が説くこと
慎言文章隠逸偽善修身
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