山鹿語類 / 士道・博學文
後世に至て書を利口の便りとし、記誦詩章を翫んで、しきりに當世の人物を蔑如し、己を高ぶり人を嘲けるの媒とす。豈大丈夫の學問と云べきや人。人古今に暗く變化に通ぜざれば、孤陋にして其質偏辟して、其才かたつかた也。是古人文を學を以て敎とするゆゑん也。然れども學んで我に工夫致す處薄き時は、用法爰に暗きを以て、文が皆害となる事あり。我今日の上を詳に究明して、而して古今の時義を考ふるときは、學皆才を增すべし。書は數千百年の間の事物をしるせるのみなり。我今日に生れて、上數千百年の事をしり、遠く異域の風を考ふる事、書によらずしては何を以て得んや。故に博く學文を以て才を逞くするの用とすべき也。
新字:後世に至て書を利口の便りとし、記誦詩章を翫んで、しきりに当世の人物を蔑如し、己を高ぶり人を嘲けるの媒とす。豈大丈夫の学問と云べきや人。人古今に暗く変化に通ぜざれば、孤陋にして其質偏辟して、其才かたつかた也。是古人文を学を以て教とするゆゑん也。然れども学んで我に工夫致す処薄き時は、用法爰に暗きを以て、文が皆害となる事あり。我今日の上を詳に究明して、而して古今の時義を考ふるときは、学皆才を增すべし。書は数千百年の間の事物をしるせるのみなり。我今日に生れて、上数千百年の事をしり、遠く異域の風を考ふる事、書によらずしては何を以て得んや。故に博く学文を以て才を逞くするの用とすべき也。
書き下し
後世に至て書を利口の便りとし、記誦詩章を翫んで、しきりに当世の人物を蔑如し、己を高ぶり人を嘲けるの媒とす。豈大丈夫の学問と云べきや人。人古今に暗く変化に通ぜざれば、孤陋にして其質偏辟して、其才かたつかた也。是古人文を学を以て教とするゆゑん也。然れども学んで我に工夫致す処薄き時は、用法爰に暗きを以て、文が皆害となる事あり。我今日の上を詳に究明して、而して古今の時義を考ふるときは、学皆才を增すべし。書は数千百年の間の事物をしるせるのみなり。我今日に生れて、上数千百年の事をしり、遠く異域の風を考ふる事、書によらずしては何を以て得んや。故に博く学文を以て才を逞くするの用とすべき也。
現代語訳
後世になると、書物を口達者の便りとし、暗記や詩文をもてあそんで、しきりに当世の人物を見下し、自分を高ぶらせ人をあざける手段とする。どうしてそれを男子の学問といえようか。人が古今に暗く変化に通じていなければ、見識が狭く、その性質は偏り、その才は片寄ったものになる。これが古人が文を学ぶことを教えとした理由である。しかし学んでも自分の身に工夫するところが薄いときは、用い方に暗いので、文がみな害となることがある。自分の今日の身の上を詳しく究め明らかにして、そのうえで古今の時の意義を考えるならば、学問はみな才を増すであろう。書物は数千百年の間の事物を記したものにすぎない。だが自分が今日に生まれて、さかのぼって数千百年の事を知り、遠く異国の風俗を考えることは、書物によらなければ何によって得られようか。だから広く学問をして、才をたくましくする用とすべきである。
解説
この章句が説くこと
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