慎思録 / 巻之六
古人之說簡要。有待後世而漸詳備者。意者因首創者難成巧。後作者易爲事也。此非古人之才不足。而今人之才有餘。葢氣運之開以漸。雖唐虞之聖世。不能道理一時開明盡。必有待後世。是世變自然之時勢。不得不然耳。
新字:古人之説簡要。有待後世而漸詳備者。意者因首創者難成巧。後作者易為事也。此非古人之才不足。而今人之才有余。葢気運之開以漸。雖唐虞之聖世。不能道理一時開明尽。必有待後世。是世変自然之時勢。不得不然耳。
書き下し
古人の説は簡要にして、後世を待ちて漸く詳備なる者有り。意ふに首めて創むる者は巧を成し難く、後に作る者は事を為し易きに因るか。此れ古人の才足らずして、今人の才余り有るに非ず。蓋し気運の開くるは漸を以てす。唐虞の聖世と雖も、道理一時に開明し尽くすこと能はず。必ず後世を待つ有り。是れ世変自然の時勢にして、然らざるを得ざるのみ。
現代語訳
古人の説は簡潔で要を得ていて、後世になってしだいに詳しく整ったものがあります。思うに、最初に創める者は巧みに仕上げるのが難しく、後から作る者は事を運びやすいからでしょうか。これは古人の才が足りず、今の人の才が余っているということではありません。そもそも時運の開けていくのは少しずつです。堯・舜の聖なる世でも、道理を一時にすべて明らかにすることはできず、必ず後世を待つ部分があります。これは世の移り変わりの自然な勢いであって、そうならざるを得ないのです。
解説
学説が後世ほど詳しくなるのは、古人が劣っていたからではなく、道理は時代とともに少しずつ開けていくものだからだと説く条です。唐虞は堯・舜の時代を指します。尚古の風が強い儒学の中で、益軒は後世の発展を積極的に認めました。本巻でも羅整菴の説を「後に出る者は巧み」と評しています。先人の業績を軽んじず、同時に自分たちの時代にしかできない仕事があると考える姿勢は、研究や仕事の改善にも通じます。
この章句が説くこと
道時勢発展古今学問
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