導師導古典を学びたいすべての人に

山鹿語類 / 士道・博學文

師嘗曰。古今の人物甚かはり、異域本朝のことわざ尤異也。德天地にひとしきあり。才万物に及ぶ有り。其用捨は我に有て、其の事跡は書にのこれり。故に博く古今の書を閱して、事物の用を詳に辨ずべし。學者或は記誦して古今の事を覺へそらんじ、是を以て世にほこらんことをなし、或は詩文を弄て詩章を必とし、これを以て學とするあり。各大丈夫の學に非ず。一ヶの老博士、三尺の書生が筆硯を事として舌耕傭書して人の脚下にうづくまるは、大丈夫の本意と云ふべからざれば、如何なるをか學文と云ば、古の聖人の道を以て本と仕り、賢人君子の行跡をたすけとし、古今時代の變化人物の理をわきまへ、其の見聞を博くして其才をまし知をみがくのためなり。

新字:師嘗曰。古今の人物甚かはり、異域本朝のことわざ尤異也。徳天地にひとしきあり。才万物に及ぶ有り。其用捨は我に有て、其の事跡は書にのこれり。故に博く古今の書を閲して、事物の用を詳に弁ずべし。学者或は記誦して古今の事を覚へそらんじ、是を以て世にほこらんことをなし、或は詩文を弄て詩章を必とし、これを以て学とするあり。各大丈夫の学に非ず。一ヶの老博士、三尺の書生が筆硯を事として舌耕傭書して人の脚下にうづくまるは、大丈夫の本意と云ふべからざれば、如何なるをか学文と云ば、古の聖人の道を以て本と仕り、賢人君子の行跡をたすけとし、古今時代の変化人物の理をわきまへ、其の見聞を博くして其才をまし知をみがくのためなり。

書き下し

師嘗曰。古今の人物甚かはり、異域本朝のことわざ尤異也。徳天地にひとしきあり。才万物に及ぶ有り。其用捨は我に有て、其の事跡は書にのこれり。故に博く古今の書を閲して、事物の用を詳に弁ずべし。学者或は記誦して古今の事を覚へそらんじ、是を以て世にほこらんことをなし、或は詩文を弄て詩章を必とし、これを以て学とするあり。各大丈夫の学に非ず。一ヶの老博士、三尺の書生が筆硯を事として舌耕傭書して人の脚下にうづくまるは、大丈夫の本意と云ふべからざれば、如何なるをか学文と云ば、古の聖人の道を以て本と仕り、賢人君子の行跡をたすけとし、古今時代の変化人物の理をわきまへ、其の見聞を博くして其才をまし知をみがくのためなり。

現代語訳

先生はかつてこう言われた。古今の人物は大いに変わり、異国と我が国の事柄はとりわけ違っている。徳が天地に等しい者があり、才が万物に及ぶ者がある。それを用いるか捨てるかは自分にあって、その事跡は書物に残っている。だから広く古今の書を見て、事物の働きを詳しくわきまえるべきである。学ぶ者の中には、暗記して古今の事を覚えそらんじ、それで世に誇ろうとする者があり、あるいは詩文をもてあそんで詩の章句を第一とし、これを学問とする者がある。どれも男子の学ではない。一介の老博士や三尺の書生が、筆と硯を仕事として、講釈や筆写で口を糊し、人の足もとにうずくまっているのは、男子の本意といえない。ではどのようなものを学問というかといえば、古の聖人の道を根本とし、賢人君子の行いを助けとし、古今の時代の変化と人物の理をわきまえ、見聞を広くして才を増し、知を磨くためのものである。

解説

学問の目的を問い直す章句である。暗記を誇る学、詩文をもてあそぶ学、講釈や筆写で生計を立てる学を、いずれも大丈夫の学ではないと退ける。学問とは聖人の道を本とし、賢人の行跡を助けとし、古今の変化と人物の理をわきまえて才を増し知を磨くためのものだとする。素行の時代、儒学は林家などの講釈や詩文の教養として広まりつつあったが、素行は武士の職分に役立つ実学としての学問を求めた。現代でも、資格や知識の量を誇るより、それが判断と行動を磨いているかが問われる。

この章句が説くこと

学問才知聖人実学士道

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る