五常訓 / 巻之五・智
一中庸の、博く學び、審に問ひ、愼んで思ひ、明かに辨ふるは、皆是知をもとむる道なり。かくの如く、知を明かにして後、篤く行ふ。古人も、此學もし眞に知れば、行ふ事も其中にありといへり。よく此道を知れば、必よく行ふ。行はざるは知らざる故なり。附子、砒霜には毒ありと知りては、食はず。水火をば、人を害する事をよく知れる故に、おそれて、水におぼれ、火にやけず。病を治する事を知れば、良藥の苦きをも服し、熱きをこらへて、もぐさにて身を燒く。是よく知れる故なり。又博學多識なれど、道理を窮むる學問をせざれば、道を知らざる人、古來多し。經書の文句を說きわけたるまでにて、聖賢の敎の道理を知らざるをば、訓詁の學と名づく。又故事出處を覺え、ひろく古今の事に通じて、道を知らざるをば、記誦の學と云ふ。詩文章を巧につくりて、道理にうときをば、詞章の學と云ふ。此三は、共に儒者の學にあらず。古人いやしめり。儒者の學は、理をきはめ、知を致して、道を知るを以て務とするを云ふ。書を讀んで道を知らざるは、儒者の學にはあらず。
新字:一中庸の、博く学び、審に問ひ、慎んで思ひ、明かに弁ふるは、皆是知をもとむる道なり。かくの如く、知を明かにして後、篤く行ふ。古人も、此学もし真に知れば、行ふ事も其中にありといへり。よく此道を知れば、必よく行ふ。行はざるは知らざる故なり。附子、砒霜には毒ありと知りては、食はず。水火をば、人を害する事をよく知れる故に、おそれて、水におぼれ、火にやけず。病を治する事を知れば、良薬の苦きをも服し、熱きをこらへて、もぐさにて身を焼く。是よく知れる故なり。又博学多識なれど、道理を窮むる学問をせざれば、道を知らざる人、古来多し。経書の文句を説きわけたるまでにて、聖賢の教の道理を知らざるをば、訓詁の学と名づく。又故事出処を覚え、ひろく古今の事に通じて、道を知らざるをば、記誦の学と云ふ。詩文章を巧につくりて、道理にうときをば、詞章の学と云ふ。此三は、共に儒者の学にあらず。古人いやしめり。儒者の学は、理をきはめ、知を致して、道を知るを以て務とするを云ふ。書を読んで道を知らざるは、儒者の学にはあらず。
書き下し
一中庸の、博く学び、審に問ひ、慎んで思ひ、明かに弁ふるは、皆是知をもとむる道なり。かくの如く、知を明かにして後、篤く行ふ。古人も、此学もし真に知れば、行ふ事も其中にありといへり。よく此道を知れば、必よく行ふ。行はざるは知らざる故なり。附子、砒霜には毒ありと知りては、食はず。水火をば、人を害する事をよく知れる故に、おそれて、水におぼれ、火にやけず。病を治する事を知れば、良薬の苦きをも服し、熱きをこらへて、もぐさにて身を焼く。是よく知れる故なり。又博学多識なれど、道理を窮むる学問をせざれば、道を知らざる人、古来多し。経書の文句を説きわけたるまでにて、聖賢の教の道理を知らざるをば、訓詁の学と名づく。又故事出処を覚え、ひろく古今の事に通じて、道を知らざるをば、記誦の学と云ふ。詩文章を巧につくりて、道理にうときをば、詞章の学と云ふ。此三は、共に儒者の学にあらず。古人いやしめり。儒者の学は、理をきはめ、知を致して、道を知るを以て務とするを云ふ。書を読んで道を知らざるは、儒者の学にはあらず。
現代語訳
『中庸』の「博く学び、審らかに問い、慎んで思い、明らかに弁える」は、皆知を求める道です。このように知を明らかにした後に、篤く行います。古人も「この学問は、もし本当に知れば、行うこともその中にある」と言いました。よくこの道を知れば、必ずよく行います。行わないのは知らないからです。附子や砒霜に毒があると知れば食べません。水や火が人を害することをよく知っているので、恐れて水に溺れず火に焼けません。病を治すことを知れば、良薬の苦いのも飲み、熱いのをこらえてもぐさで身を焼きます。これはよく知っているからです。また博学多識でも、道理をきわめる学問をしなければ、道を知らない人は昔から多くいます。経書の文句を説き分けるだけで、聖賢の教えの道理を知らないのを訓詁の学と名づけます。また故事や出典を覚え、広く古今の事に通じていても道を知らないのを記誦の学といいます。詩や文章を巧みに作っても道理にうといのを詞章の学といいます。この三つはいずれも儒者の学問ではありません。古人はこれをいやしみました。儒者の学問とは、理をきわめ、知を致して、道を知ることを務めとするものをいいます。書を読んで道を知らないのは儒者の学問ではありません。
解説
この章句が説くこと
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