山鹿語類 / 士道・勵忠孝
出て君に仕ふるに德を不以、入て父兄に仕へて其孝弟に誠あらざらんには、養氣存心の用更にあらはれず。抑德と云は、內に養ひ存する處を、外に用ひて其誠を盡して無不究理、是をなづけて德とす。養氣存心すと云とも、君父にをいて其誠たらずんば、何ぞ其下に及ばん。然れば所養所存、唯空談にして實なし。凡そ聖人の道は普く天下に施し、大小精粗ともに其用足りて、四海其化に及ぶにをいて、初めて道々たり。わづかに一己にてらし一身を清くせんことは、碌々たる小人、言必信じ行必果すの輩也。されば君父につかへ、其可致のつとめ聊不怠して、しかも其理にかなひ、四海安寧に、家內無事にして、常に變に更に滯る處なきときは、天地の覆て無外、のせて無棄にことならず。是大德に非ずや。故に德を練る事は、先づ忠孝を勵まして其誠を盡し、君父に事る間、天性にしたがひ守て、更に不違を以て本とすべきなり。
新字:出て君に仕ふるに徳を不以、入て父兄に仕へて其孝弟に誠あらざらんには、養気存心の用更にあらはれず。抑徳と云は、内に養ひ存する処を、外に用ひて其誠を尽して無不究理、是をなづけて徳とす。養気存心すと云とも、君父にをいて其誠たらずんば、何ぞ其下に及ばん。然れば所養所存、唯空談にして実なし。凡そ聖人の道は普く天下に施し、大小精粗ともに其用足りて、四海其化に及ぶにをいて、初めて道々たり。わづかに一己にてらし一身を清くせんことは、碌々たる小人、言必信じ行必果すの輩也。されば君父につかへ、其可致のつとめ聊不怠して、しかも其理にかなひ、四海安寧に、家内無事にして、常に変に更に滞る処なきときは、天地の覆て無外、のせて無棄にことならず。是大徳に非ずや。故に徳を練る事は、先づ忠孝を励まして其誠を尽し、君父に事る間、天性にしたがひ守て、更に不違を以て本とすべきなり。
書き下し
出て君に仕ふるに徳を不以、入て父兄に仕へて其孝弟に誠あらざらんには、養気存心の用更にあらはれず。抑徳と云は、内に養ひ存する処を、外に用ひて其誠を尽して無不究理、是をなづけて徳とす。養気存心すと云とも、君父にをいて其誠たらずんば、何ぞ其下に及ばん。然れば所養所存、唯空談にして実なし。凡そ聖人の道は普く天下に施し、大小精粗ともに其用足りて、四海其化に及ぶにをいて、初めて道々たり。わづかに一己にてらし一身を清くせんことは、碌々たる小人、言必信じ行必果すの輩也。されば君父につかへ、其可致のつとめ聊不怠して、しかも其理にかなひ、四海安寧に、家内無事にして、常に変に更に滞る処なきときは、天地の覆て無外、のせて無棄にことならず。是大徳に非ずや。故に徳を練る事は、先づ忠孝を励まして其誠を尽し、君父に事る間、天性にしたがひ守て、更に不違を以て本とすべきなり。
現代語訳
外に出て主君に仕えるのに徳をもってせず、家に入って父兄に仕えるのにその孝悌に誠がないならば、気を養い心を保つという工夫の働きはまったく現れない。そもそも徳というのは、内に養い保っているものを外に用いてその誠を尽くし、理を究めないところがないこと、これを名づけて徳とする。気を養い心を保つといっても、主君と父に対して誠でなければ、どうしてその下の者にまで及ぼせようか。そうであれば、養ったもの保ったものは、ただの空論で実がない。およそ聖人の道は広く天下に施され、大小・精粗ともにその働きが足りて、四方の海の果てまで感化が及んで、はじめて道と呼べるのである。わずかに自分一人を照らして我が身を清くしようとするのは、凡庸な小人であり、言えば必ず守り行えば必ずやり遂げる(だけの融通のきかない)輩である。だから主君と父に仕え、尽くすべき務めを少しも怠らず、しかもその理にかない、天下は安らかに、家の内も無事で、常に変事にもまったく滞るところがないならば、天地が覆って外にもらすものがなく、載せて捨てるものがないのと異ならない。これこそ大徳ではないか。ゆえに徳を練るには、まず忠孝を励んでその誠を尽くし、主君と父に仕える間、天性に従ってそれを守り、決して違わないことを根本とすべきである。
解説
この章句が説くこと
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『講孟余話』盡心上 第十三章「君子の過ぐる所の者は化し、存する所の者は神なり」。過化存神の妙と云ふこと宋儒の常言なり。余試みに是れを云はん。凡そ天下の事、議論も理窟も皆徒事なり、唯妙処は妙にあり。漢の成・元の間の制詔は如何にも有難き事ばかりにて、少しも文・景に替ることなけれども、天下衰微して遂に王氏に奪はれたり。其の如くにて声音笑貌は何程恭倹を尽くして、人を服することならぬなり。是れ皆妙処に非ざる故なり。余乙卯の歳野山獄に在りて、自ら揣らず、勿体なくも崇文公の著し玉ふ世子告文を講ず。囚徒十一人及び番人獄卒に至るまで、皆感激流涕せざるはなし。且つ公の世子の時の事を知るに及べる者、各公の徳民心に感孚するの状を説くこと悉せり。同囚井上某、三田尻の人にして、当時世子殿の茶僧たり。泣きて曰く、「予殿中に仕ふと云へども、未だ曾て世子此の著あることを知らず。今則ち獄に下りて是れを聞くことを得る、何の幸ひぞや。三田尻は当時民変の由りて起る所。初め変の未だ起らざる、苛虐の政に堪へ兼ぬれば、父老集議して曰く、数年の後吾が世子職を継ぎ給はば、吾儕蘇生の時あるべし、夫れまで辛抱すべしと。斯くの如き者亦已に久し。而して遂に一二の奸民の誤る所となり、彼の大変を煽するなり。若し三田尻の民をして、当時此の文を聞くことを得せしめば、当に号哭して声を失ふべし」と。時に富永も亦云く、「公の徳誰か伝へて誰か喩とす。而して二国の民、辺鄙の老婆愚婦に至るまで感戴せざる者なし。余は小郡の人なり、小郡の民感戴の状は備に知れり。後余亦又相島に流さる。島人と云へども、言、公の徳に及べば感激せざるはなし。今猶然り。是れ真に其の故を知ることなし」と。寅愚是に於て始めて過化存神の妙、中々議論理窟の及ぶ所に非ざるを悟れり。
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